二万打御礼小説

□7.大好きなケーキ屋さんのケーキ
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「あ〜、早く帰らないと箱がふやけちゃうなぁ…」

この雨のせいか少し濡れて湿気でふやけ始めた左手に持ったケーキの箱を見て、僕は歩調を速めた。

久しぶりに姉上が休みで、どうせ客は来ないだろうと言って姉上に会いにウチへ来た天パ。そして暇だからと付いてきた神楽ちゃんと定春。
元から今日は久しぶりに自室の部屋の整理をしようと休みをとっていた僕は、またうるさくなると初めは内心ため息をついていたが、四人揃っての団らんは思いの外楽しくて、気付けば僕がお茶のお菓子を買いに行くことになっていた。

今現在、神楽ちゃんは体を動かしたいからと定春と散歩に出掛けており、家には姉上と銀さんだけだ。
最近姉上も忙しかったから、たまには(不本意だけど)恋人と二人っきりもいいかなーと思ったり思わなかったりで僕は素直に買い物に出掛けたのだった。神楽ちゃんも一応そう気遣っているのだろう。

そんな事を考えながら歩いていれば、見馴れた家の門が見えた。
もうそろそろいい頃かなと思い、家の敷地に足を踏入れた。

ガッシャーン!!

大袈裟かもしれないけれど、まさしくそんな音が庭の方から聞こえて、僕は弾かれたようにそちらに向かった。
またあのゴリラストーカーかもしれない。
以前も今日のように久々に銀さんと姉上が会えた日だった。そこに空気の読めない近藤さんが乱入して銀さんが白夜叉降誕よろしくブチ切れたのだった。

庭に行けば、辺りには土埃がたっていてその中心はよく見えない。それから目を凝らしていれば、ムクリと銀髪が動くのが見えた。

「っ〜〜! あー…、イテー…」

「え…、ぎ、銀さん!?」

「あれ、新八?」

てっきりあのゴリラとばかり思っていたものだから、僕は目を丸くした。

「ちょ、どうしたんですか銀さん!何があったんですか!?」

「…殴られた」

「は?」

「妙に」

「へ!?」

いやいや、それはよくある事だけれども、さっきまで仲睦まじく会話をしていた二人がどうしたというのだろう。障子まで外れているところを見れば、かなりの力で殴られたことが分かる。

「キスしようとしたら殴られた」

「ど、どこにですか?」

「ん、」

銀さんは自分の唇を指差した。
僕はそれにため息ををつくと肩を落とした。
真っ昼間から何をしようとしているんだこの人は。
いや、まぁ恋人同士が二人きりになればそういう雰囲気にはなるだろうけれども。

「ちょっと新八くん何その目?俺だってなァ、ちゃんと手順は践んでんだよ。妙も最近は抱き締めてもボディブローとかアッパーカットとかしなくなってきたしよ、そろそろいいかなー…と思ったワケよ銀さんは。でもいざやってみればコレだ。あー…俺なんか自信なくなってきたわ……」

命懸けだなオイ。
というツッコミは取りあえず呑み込んでおこう。

「でも…それはきっと姉上にも何か理由があったんじゃないですか?」

「理由?理由って…あーアレか。俺とはキスもしたくない的な」

駄目だ。完全にネガティブスイッチ入っちゃってるよこの人。

「違いますよ!姉上も突然のことで驚いたんじゃないですか?僕、一度姉上に話を聞いてきます!」

「オイ、新八!」

きっと何か理由があるんだ。姉上が、理由もなく銀さんを殴ったりするワケがない。…多分。

取りあえず僕は話を聞くために姉上の自室へと向かった。

「姉上。入ってもいいですか?」

部屋の戸を軽く叩いてそう尋ねれば、いいわよ。とか細い声が返ってきた。

「お帰りなさい新ちゃん。お使いありがとね」

此方を向きながらそう言った姉上の声は、少し震えていた。いつもは凛と人を見据える目も、涙が滲んで赤く見えた。
どうやら、今まで前の机に突っ伏して泣いていたようだ。

「いえ、それはいいんですが……銀さんと何かあったんですか?」

僕は一瞬迷った後、遠回しにはせず率直にそう尋ねた。

「…何も無いわよ?」

ほら、またそう言って抑え込む。姉上自身を見れば一目瞭然なのに。人に心配を掛けまいとしてのことなんだろうけど、それが逆に心配になるんだ。

「…そうやって自分の気持ちを抑え込むのは姉上の悪い癖です。さっきまで仲が良かった二人がこんなだと、気にならないわけないじゃないですか」

「新ちゃん…」

姉上はそう呟いて少し俯いた後、顔を上げて口を開いた。

「私ね…銀さんにキスされそうになったの」

「はい」

「それで、初めてのことだからビックリしちゃって…。いつも抱き締められたりした時と同じように、反射的に顔を殴っちゃったの…」

「…はい」

「でも、最近は抱き締められても手は出なかったから…銀さんを殴ってしまった後に自分でもすごく驚いたわ…」

「はい…」

「今泣いていたのだって、銀さんにキスされそうになったのが嫌だったんじゃなくて、殴ってしまった自分に腹が立っているの…。すごく、嬉しかったのに…」

そう言って姉上は顔を歪めて俯いた。僕は、こういう時どんな言葉を掛ければいいのかと思考を巡らせていた。

「…きっと、こんな私なんて、嫌になったかもしれないわね…銀さん…」

「そんなことありません!!」

今まで頭で模索していた言葉は全て何処かへ吹っ飛んで行き、僕はそう叫んで立ち上がっていた。

「姉上は、銀さんがそんなことで姉上を嫌いになると思っているんですか!?さっき銀さんにも話を聞いてきましたけど、自分に自信なくしたとか、ちょっと拗ねているだけで、姉上のことが嫌になったなんて一言も言ってませんでしたよ!!それは姉上が一番分かっていることじゃないんですか!?」

自分でも驚いた。こんなに言葉が出るなんて。
あぁ、きっとこれが自分の本音なんだろうなと内心苦笑した。
今まで気付こうとしていなかっただけで、僕は結局二人のことが大好きなんだ。だから、幸せになってほしい。

「たまには良いこと言うじゃねーかぱっつぁん」

聞き覚えのある声が聞こえたかと思えば、部屋に入ってくる銀さんがいた。
ありがとよ、銀さんはそう言って僕の頭を軽く撫でると、気まずそうにして俯いている姉上の前に膝をついた。

「…悪かったな…。いきなりあんなことしてよ。驚いただろ?俺も…まぁつい、妙が可愛かったからつーかなんつーか…。とにかく、俺はお前のペースに合わせる。だからもう悩むな。俺がお前を嫌いになるわけねーだろ」

「銀さん…」

そう優しく姉上に語りかける銀さんはやっぱり歳上の男の人で、頬を染めて銀さんを見詰め返す姉上は年頃の女の子だった。

「ごめんなさい…。私も殴ってしまって…。本当に、嫌じゃなかったの。ただ、驚いただけで…。私も、銀さんのことを嫌いになったりしないわ…」

「妙…」

ん?何だこの甘い雰囲気。てか、僕さっきまでちょっと良い立場だったのに、今はもう空気同然なんですけど!
ヤバイ!!何か気まずい!気まず過ぎるーー!!

「新八ー!冷蔵庫にあったケーキ食べてもいいアルか?」

僕のそんな心の叫びを聞いてか、タイミング良く神楽ちゃんが部屋に顔を覗かせた。その手には、先ほど僕が買ってきたケーキの箱が。

「そう言えばケーキ頼んであったんだな。お、此処の美味いんだよな」

銀さんが中身を覗こうとしながら言った。

「もう、そんなことして落ちてしまったらどうするんですか。せっかく新ちゃんが買ってきてくれたんですし、居間でお茶にしましょうか」

「あ、じゃあ僕お茶入れて来ますね」

どうやらいつもの二人に戻ったようだった。
僕はそれに笑みを一つ溢すとお茶を入れに台所へと向かった。

僕がお茶を、姉上が皿とフォークを持って居間へと運んだ。
銀さんと神楽ちゃんがケーキ争奪戦を一通り繰り広げた後、漸くケーキを口にすることができた。

「銀ちゃん!そのケーキ一口食べたいアル!」

「嫌ですー。お前の一口でけぇんだよ。大体まだ自分の分残ってんじゃねーか」

「つべこべ言わずに食わせるヨロシ!」

「あ゙あ゙あ゙ーー!!テメッ、俺の貴重な糖分を返しやがれ!!」

何をしてるんだかと苦笑して姉上と顔を見合わせた。でもやっぱり、この雰囲気が僕は好きなんだ。

「クソッ…神楽覚えてろよ…。妙〜、それ一口ちょうだい」

「ふふっ、ダメです。たまには我慢したらどうですか?本当に糖尿になっても知りませんよ?」

「何だよ妙まで……おっ、」

「えっ?」

瞬間、僕は目を見開いた。

「っ……!」

銀さんが、姉上の頬に、き、キスを…っ!?

「ん。やっぱうめーわ。ごっそーさん」

そう言ってペロリと舌舐めずりをした銀さん。
どうやら、キスのついでに頬に付いていたクリームも取っていたらしい。

「おー!銀ちゃんエロいアル!大人って感じがするネ!」

「ちょっと神楽ちゃん!エロいとか言っちゃ駄目だから!!オイ天パ!!姉上に何してくれとんじゃァァァ!!」

「オイオイ新八。お前どっちの味方なんだよ。俺の応援してくれてんじゃねーの?てか、妙も満更でもなさそーだけど?」

え゙。と姉上の方に目を向ければ、姉上は両頬を手で押さえながら顔を真っ赤にしていた。

「ま、キスは一日にして成らず!まずは頬からってな!」

「いやいや、聞いたことありませんよそんなことわざ!」

そうは口にしたけれど、僕は姉上が少し嬉しそうな表情をしているのを見て、まぁいいかなと内心思ったのだった。







仲直りはケーキの味!的な(笑)
今回は新八視点で進めてみました。
そういや私って、二人が喧嘩する話あんまり書いたことなかったような……。

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