RKRN御題部屋入口

□諦める
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ぱちぱちぱち、と一定の音量、速さで響く算盤の音がよく響く。会計の仕事をこなす静かな部屋では、そうした音や、呼吸する音まで聞こえる程だ。単純作業に飽きたり、分からないところにぶつかったりと、仕事に詰まるとやたら聞こえる後輩の溜め息も今はまだない。

ぱちぱちぱち、ぱちぱちぱち。

僕の席から斜め左前に位置する潮江会計委員長の顔をこっそりと盗み見る。潮江先輩は忍術学園一忍者している人だから、僕の視線に気付いてしまうおそれもあったけれど、どうやら目の前の書類に没頭していて気付いていないようだ。
同じ委員会の後輩として気を許してもらえているのなら嬉しいが、歯牙にもかからない相手だと思われて無視されているのなら悲しい。
潮江先輩は算盤を片手で操りながら帳簿をつけている。珠を弾く指がしっかりしているのに存外きれいだとか、触ったらどんな肌触りだろうか、だとか考えていると、ぱちり、と算盤を弾く音が突然止まった。
見いっていたのがばれたかと思い、ばれているのなら今更だが、慌てて自分の仕事に没頭する振りをする。
潮江先輩は手元の書類を手に立ち上がり、部屋にいる面々を見渡して言った。

「少し席を外す。すぐ戻るから、各々仕事をしていてくれ」

「はい!」

他の三人とともに先輩の声に応えながら、盗み見がばれなかった事に僕は安堵の息を吐いた。先輩は、うむ、と頷いて、戸の方へと向かった。

あ。

僕の見ていたのは先輩の右半分の顔だったから気が付かなかったが、反対側の頬に墨が付いていた。うっかり墨の付いた手で擦ったのだろうか、潮江先輩の頬に走る黒い跡はなかなかに目立つ。
それに全く気付かず部屋を出ていこうとする先輩に、僕はその件を伝えなくては、と慌てて席を立った。
廊下に出た先輩に声を掛けようと追いかけるが、出入口で足が止まる。
ちょうど通りかかった立花先輩が潮江先輩を呼び止めたところだったからだ。

「おい、文次郎。左の頬に墨が付いているぞ」

「えっ、本当か」

「ああ、間違えた。逆だ逆。どれ、大人しくしていろ」

手でごしごしとやや乱暴に手で頬を擦る潮江先輩を制止し、立花先輩は取り出した手拭いでその頬を拭う。その様子を僕はただ黙って見ていた。そうする他なかった。
立花先輩が羨ましかった。潮江先輩とのあの距離に入り、触れられる立花先輩がどうしようもなく羨ましかった。
それに引き換え、声を掛けようとした時、その動作に添えるように自然と上がったままになっている僕の右手のなんと惨めな事だろうか。
そこからできる事などなく、諦める他なかった。

「田村先輩、何戸の前で突っ立ってんですかぁ?」

その所在ない右手は、覗き込んでくる神崎の頭に振り落とした。何するんですかあ、と頭を押さえて抗議する神崎を見て、少し右手が報われた気がした。























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仙文←三木
乙女なみきてぃ可愛いと思います



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