RKRN御題部屋入口
□お前、俺の事好きなのか?
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「はあああ……」
留さんの本日何度目か分からない盛大な溜め息の音が隣から聞こえてくる。正直なところ、僕、善法寺伊作は心底うんざりしている。せっかくの食堂のおばちゃん特製日替わり丼もこれでは美味しさも半減だ。
「留さん、溜め息ばっかり吐いてると幸せが逃げちゃうよ」
「はあああ……」
うざい。そう思わずにいられない僕は多分悪くない。
彼をここ最近ずっとこうして悩ませているのは、専ら恋愛問題だ。というのも、留さんははたから見てもかなり難易度の高い片想いをしているのだ。そのお相手はというと、留さんとは犬猿の仲だと有名な、
「あああ、文次郎ー……」
なのだ。
「そんなに悩むくらいなら、いっそ告白しちゃえばいいんじゃない?好きだってさ」
僕は今日の日替わり丼のメインである唐揚げを口に運びながら、ぞんざいな口調で言った。しかし、それを受け取った留さんは余命三ヶ月の宣告でも受けたかのような、驚愕と絶望の入り交じった表情を浮かべた。
「だからぁ、それが出来りゃ苦労しねぇっていつも言ってんだろ!俺にどうしろっつーんだよ!」
「わっ!ちょっと、揺らさないでよ!」
危うく箸で摘まんだ唐揚げが転げ落ちそうになるが、すんでのところで口の中に放り込むことに成功した。危ないったらありゃしない。
僕の学ランから手を離した留さんはまた大きな溜め息を一つ吐き、頬杖をついて拗ねたように口を尖らせて、
「相手はあの文次郎なんだぜ?超無理だろ。無理中の無理」
と、言う。
確かに、相手が普通の女の子、少なくとも文次郎でなければ、事は大分運びやすかったかもしれない。それに、僕だっていつまでも、男同士でというところから既に十分寒い、こんな不毛な恋ばなに付き合わなくても済んだのに。食堂に来てまでその話だなんて、いい加減飽き飽きだ。
「最初から普通の恋愛じゃないんだからさぁ、アタックあるのみなんじゃないかな」
「そうかなあ、やっぱり」
留さんの箸がくるくると空中に円を描く。手元の野菜炒め定食が一向に減らないのを見て、今日も昼休みが終わるギリギリの時間になってようやくかっ込むんだろうな、と思う。早食いは体にも良くないから止めるように日々注意しているのに。
僕が眉をひそめているのも無視して留さんはまだ悩んでいる。
「コクるとなると、メールか電話か……、やっぱメールかな。それだと、喧嘩になりそうもねぇし」
でも、文次郎のやつメールとかあんまり見ないし、とか何とかぶつぶつ言っている。
「そうだな。俺はメールは好かん」
僕は、メールは文次郎好きじゃなさそうだよね、とご飯を飲み込んだら返そうと思っていた。それに、僕の一人称は俺じゃない。
驚きで唐揚げを喉に詰まらせかけながら顔を上げると、食堂の入り口に文次郎が立っていた。
留三郎も文次郎を見ていた。僕よりもずっと驚いた様子の横顔は、まさしく鳩が豆鉄砲を食らったような、間抜け顔だ。
僕達の視線を一身に受ける文次郎はふいっと何事もなく歩きだし、少し離れた席に腰を下ろした。
「えーっと……。文次郎、今からお昼?」
「ああ。四時限目の授業が少し長引いてな」
平然と会話に応じる文次郎からは、彼が僕達の話をどこからどこまで聞いていたのか、全く計れない。その落ち着いた態度から、留さんが文次郎を好きだというくだりは聞いていないのかと見え、僕は僅かに安堵した。その矢先である。
「留三郎。お前、俺の事好きなのか?」
空気が凍る、というのはこういう状況を言うんですよ、というお手本のような感じだった。僕は結局唐揚げを落とし、留三郎は口も聞けないようだ。文次郎が「図星か」と呟く声が聞こえた気がしたが、定かではない。この事態に直面している今、はぐらかすなり開き直るなりのリアクションがあろうというものだが、もともと小さい僕達のキャパシティはとっくにオーバーしてしまっている。
文次郎は、口を開けて呆然とするしかない僕達の事など見もしないで、話を続けた。
「確かに、俺はメールは得意とは言えん。だが、告白をしようというのに、メールを手段に使うその精神がそもそも嫌いだ。男らしくないし、手抜き加減がいかにも軟派で腹が立つ」
「…………」
告白する前から留さん、玉砕しているじゃないか。こんなに滅多打ちに完全否定されたら泣き出してしまうのでは、と隣を覗き見ると、案の定強張った顔の目にはいつ落ちるかという涙の膜が張っている。
僕自身が失恋するわけではないが、今まで留さんの話を聞いたり、相談に乗ってきた身としては、居心地が良いとは決して言えなかった。
留さん、本気だったのに。本気で文次郎の事を好きだったのに。それが、こんなお粗末に本人に露見して、そのまま終わってしまうのだろうか。文次郎は留さんの事をただの喧嘩相手だとしか認識していないのだろうか。それは当然かもしれないが、でも、こんなのはないだろう。
どうにかしてフォローしなければ、と必死に考えていると、留さんを非難していた文次郎の声が止んだ。どうしたのかと見てみれば、文次郎は相変わらずこっちには顔を向けていないが、横顔はばつの悪そうな表情をしていた。
少し躊躇う素振りをしたが、一つ間を置いて口を開いた。
「……告白するなら、正々堂々来んか。情けない」
「……え」
文次郎は愛想も何もないくぶっきらぼうにそう言った。しかし、僕と留さんはその意図にすぐには考えが及ばなかった。それまでの嫌味は痛い程分かったが、それは、つまり……?
僕達がいつまでも呆けて何も言ってこないため、痺れを切らしたように文次郎が溜め息混じりに、
「本当に頭が悪いな。これだから阿呆のは組は……」
と、漏らした。
「なっ、何だとっ!?」
未だにテンパっている留さんが怒鳴ると、文次郎は、ふん、と鼻を鳴らした。
「阿呆を阿呆と言って何が悪い。ど阿呆」
「うるせぇ、頭でっかち!やんのか!」
「おう、やってやろうじゃねぇか!」
売り言葉に買い言葉。
いつも通りに喧嘩を始めた二人を眺め、僕の心配が杞憂に終わった事を知った。
文次郎も留さんの事を意識していたのか。よく考えると、そうでなければ、喧嘩をする事もなく、適当な関係になっていただろうと思う。お互いを対等に捉えているから、衝突していたのだ。そこにある相手への気持ちがただ『嫌い』なら、争う対象にはならないものな。やっぱり、この二人は似た者同士だ。
「よかったじゃない、留さん。けっこうお似合いだと僕は思うよ」
僕の存在なんて、二人はすっかり忘れてしまったようで、殴ったり蹴ったりと大騒ぎだ。
留さんも文次郎も、顔、真っ赤だよ。
僕は、明日からは留さんからのお悩み相談が減るなあ、と思う。ようやく肩の荷が下りたな。
「よかったねぇ」
とりあえず、ここでみんなハッピーエンド。
お題終了
功労賞は伊作君
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