RKRN御題部屋入口

□どう足掻いても結局真っ赤
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あらゆる物を燃やし尽くした炎の燻りが僅かに持つばかりの光彩と、鼻を突く焦げ付いた臭いが残る戦場の中、私は走る。
岩やら燃え殻、その他にも何かよく分からない物がごろごろしていて、足場はひどく不安定だ。月も雲に隠れていて頼りになる明かりがなく、何度か足を取られかけてしまった。無理をして足を前に出せば、負傷した右足が少々痛んだが、彼の的確な手当のおかげで随分ましになったのだ。

私は走る。
私の左の手の中には、骨張ってはいるが、彼の滑らかな手がある。

「…雑渡さん」

ここまで私に手を引かれるままに走ってきた伊作君が、不意に私の名を呼んだ。足を止め、振り返るが、真っ暗な闇の中では、伊作君の表情は見えない。
私は伊作君の声を久しく聞いていなかったような、ひどく懐かしいような気がした。

「何だい?」

「いいんでしょうか?これで…、こんな事をして…」

この暗い荒野から敵した言葉を探し出すように、伊作君の言葉はひとつひとつと紡がれる。
それに反して、私の言葉の何と軽薄な事か。

「いいも悪いもないさ。もう戻れないんだから」

進むしかない、と私が言うと、伊作君は私と繋がっている手に力を込めた。
その瞬間に伝わる小さな振動に、私の着物から一滴の血が滴った。それは、私のものではない。
あれだけ走ったというのに、まだ乾いてないらしい。

ずきり、と右足が握り潰されるような痛みに震える。

「行こうか」

「…そうですね」

私達が再び走り出そうとしたその時、雲間から月が顔を出し、私達を淡く照らした。
いつもの真っ黒な忍装束を纏った私と、暗い灰色の真新しい忍装束に身を包んだ伊作君。その対比は、月明かりの下で、象徴的に映えていた。
私達に共通するのは、衣を濡らす赤黒い液体くらいだろうか。

「…もし、僕達が敵として出会わなければ…」

伊作君が漏らした呟きに、私の記憶が否応なしに押し寄せてきた。


半刻ばかり前の景色が、まるで今目の前で起こっている事のように鮮明に描かれる。
戦場では最も会いたくなかった伊作君と、出くわしてしまった。彼は私達の仲間ではないのだ。
私と伊作君がひそかな恋仲であったとは露ほども知らない尊奈門が、伊作君に切り掛かった。
まだ駆け出しの伊作君は、あっという間に武器を奪われ、尊奈門に刀の切っ先を喉に突き付けられてしまった。
その刃が伊作君の喉笛を裂こうと動いた時、私の刀が鞘から離れた。
そして、それは尊奈門の背中に深々と埋められた。
短い叫びを上げた尊奈門が振り返り、信じられないと言うように見開かれた目で私を見上げる。
何か言おうと口が動くが、溢れ出す咳と血に塞がれてしまった。
崩れ落ちる尊奈門を尻目に、私は伊作君へと駆け寄った。目立った怪我はなく、安堵した時、私の右足に微かな痛みが走った。

「く…、み、がし…ら…」

途切れがちなその声が、今も耳に張り付いて残っている。私に向けられた瞳の色も、むせ返る程の血の臭いも、全て思い出せる。
地面に這いつくばった尊奈門の手が、私の右足を痛い程強く強く掴んでいた。
爪が食い込み、血が滲む。
握力が緩み、私はその手から解放され、尊奈門は息絶えた。
右足の傷はたいしたものではなかったが、どの傷よりもひどく、立てない程に痛む。
そう訴えると、伊作君は黙って手当を施してくれた。

「伊作、大丈夫か?」

その声に顔を上げると、見覚えのある男がこちらに駆け寄ってくるところだった。
あれは確か、食満、とかいう男だ。彼もまた、伊作君と同じ色の忍装束を着ていた。
思わず刀の柄を握り直したが、伊作君は立ち上がろうとする私を押さえ、耳元で囁いた。

「…少し、待っていて下さい」

私に代わり立ち上がった伊作君は、食満の元へと向かい、いつもと変わらぬ笑みを浮かべ、そして、




私は走る。
私の左の手の中には、骨張ってはいるが、滑らかな手がある。

「ごめんね、付き合わせてしまって」

「別に、雑渡さんだけのせいではありませんよ。僕も望んだ事です」

「そう…。ありがとう」

「いえいえ、こちらこそ」

私の手の中の手は、私の手をぎゅっと握り返した。

伊作君もまた怪我を負っている。

左肩が痛むようで、足を止める程ではないにしても、時折、小さな呻きを漏らしていた。
私の忍装束は黒色だが、伊作君のものは灰色だ。
そのため、飛び散った返り血が、より生々しく存在を主張している。
左肩にははっきりそれと解る手形が残っていた。

「伊作君、これからどこへ行こうか」

「さあ。僕は特には考えてませんが…」

「私も。じゃあ、とりあえず、気の向くままに走ろうか」

「それで構いませんよ」

「…ねえ、伊作君」

「何でしょう?」

「大好きだよ」

「僕もです」

握った手は温かく、そればかりが心地良く思えて離せなくなった。






どう足掻いても結局真っ赤











































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第十弾完成
最後は伊雑と尊奈門と食満で
ハッピーエンド、と言えなくもな…い…←



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