RKRN御題部屋入口

□懐かしむ
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十年振りに訪れた学園は、あの頃のままだった。
門を開いて下さった小松田さんは私を見て大袈裟に驚いた後、嬉しそうに、久し振り、とふにゃりと笑った。
事務員も相変わらず小松田さんのままで、小松田さんも相変わらずどこか抜けたままだ。

入門帖に自分の名前を記入し、学園長の庵へと案内してもらった。
途中擦れ違った一年生達は、元気の塊そのもので、かつての後輩達の姿が重なった。
どうしているだろうか。彼らも学園を卒業し、今や忍者として活躍しているのかもしれない。
そうこうしているうちに、私達は庵へと到着した。

「学園長、お客様です〜。懐かしいお方ですよぉ」

気の抜けた小松田さんの声に、襖の向こうから返事があった。

「ほぉ、そうか。では、入りなさい」

その声に従い、私は襖に手を掛けた。

「失礼します」

開けてみて驚いた。
そこには、十年前と全く様子の変わらない学園長がいらっしゃった。ご存命と知った時もさる事ながら、実際に会った今も、お元気そうで、と感嘆せざるを得ない。
一体おいくつなのだろう。

「おお、おお。中在家じゃな?中在家長次。十年振りではないか。久し振りじゃのう」

破顔する学園長に、

「ご無沙汰しておりました」

と、頭を下げると、学園長は、構わん、と言って首を振った。

「元気そうで何より。まあ、とりあえず茶でも飲みながら、昔話でもしようかの」

そう言って、学園長は手ずからお茶をいれて下さった。
最近凝っているんだ、と笑う学園長に、私は、恐縮です、とまた頭を下げた。





それからは色々な話をした。
縁側に並んで座り、学園長がいれて下さったお茶と、私が手土産として持参した羊羹を肴に、いつまでも話し込んだ。
元々口数の少ない私の話など、聞いていて楽しいものではないだろうに、学園長は、うんうん、と聞いて下さった。

「そんな事もあったのう。お前達は手のかかる学年だったからなあ。それぞれの個性が強くってな」

「…どうも、ご迷惑を…」

「いやいや、今となってはいい思い出さ」

からからと笑う学園長。
私もつられて少しだけ笑う。
夕暮れの橙色に染まった庭は、静かで美しかった。
だからこそ、なのか。
松の木の根本に置かれている石が、緑の多い空間で目立っていた。
私の視線に気付いたのか、学園長は、

「ああ、あれか」

と、言った。
その声は随分と穏やかだった。

「あれは、ヘムヘムの墓じゃよ」

ちらり、と隣を盗み見るが、それは、悲しんでいるというより、懐かしんでいる、という表情だった。

「一昨年の暮れにな…。あいつも私に負けぬくらい歳だったからなぁ。喧嘩もたくさんしたが、最後まで良き友だったよ」

私は、

「…そう、ですか…」

と、答えるだけで精一杯だった。
私には不思議だった。
どうして、最も付き合いが長く仲の良い友人を失って、そんな風に優しく笑えるのか。

「なあ、中在家長次」

学園長はゆっくりと私の方へと身体を向けた。真っ直ぐ私と向き合う形になる。
学園長はやはり穏やかさを保ったまま、私に言った。

「何かわしに言いたい事があるんじゃないか?」

私は言葉を失った。
学園長の瞳は、私をしっかりと捕らえ放さない。

「そのために来たのだろう?言ってごらん」

「…っ、…」

ああ、何て聡明なお方なのだろうか。
学園を治めているだけはある。
最初から未熟な私の胸の内など、お見通しだったのだ。
私は自然と口を開いた。
声は震え、上擦っていたけれど。

「…小平太が、死にました…」

常でさえ出てこない言葉は更に途切れ途切れになり、切れ端のように分かりにくいものになってしまうが、学園長は私のそれを全て拾ってくれていると分かる。

「任務の中、合戦場で…。飛んできた流れ弾から、私を庇って…」


今でもまざまざと思い出す事が出来る。
吐き気を催す程の火薬の臭い。
それから、小平太の血の臭い。


「どうして、って…。そうしたら、奴は、小平太は、笑って…。それで…っ…」

最後は鳴咽に掻き消されてしまった。
人一倍ある巨体を揺らし、子供のように泣きじゃくる私の頭を、学園長の手が撫でた。

何も言わず、ただ私の頭の上を皺くちゃな手を行ったり来たりさせる。
とても温かい。
だが、それがどうしようもなく私に涙を流させた。
ようやく泣けた。
小平太が死んだあの日から、私は泣く事が出来なかった。
その分が今になって押し寄せて来ているようだった。

泣き過ぎて痺れた頭で、学園長もヘムヘムが死んだ時、こんな風に泣いたのだろうか、とぼんやりと考えた。
泣いて、泣いて、泣いて。
それを何度も繰り返して、時間が経って、そして、こんな風に穏やかに微笑む事が出来るようになったのだろうか。

私も、いつかは出来るようになるのだろうか。

あの、真っ赤な血で溢れ、目を閉じた小平太の顔ではなく、爛漫な笑顔を向けてくれた小平太を思い出して、笑えるようになるのだろうか。

小平太、大好きだった、と、言えるようになるのだろうか。








































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学園長は何だかんだ言っても、さすが学園長
死ネタの多さに我ながら驚き



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