RKRN御題部屋入口

□到底真似出来そうにないよ
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どうしようもなく世間知らずで、救いようもなく純粋な伊作君は、震える刀の切っ先を私に向けている。
どうしてこういう状況に陥ったかというと、その理由は至極単純かつ明解なものだった。
偶然の一致、その一言で全ては片付くし、それ以上に似合いの表現はないだろう。
私が仕えるタソガレドキ城と、伊作君が仕える城が、この度些細な行き違いから敵対関係になった、という、ただそれだけだ。
更にいうなら、私達は互いの任務中、この月明かりが朧げに照らす林で偶然にも鉢合わせてしまったのだ。勿論、敵として。

「退いてくれないかな、伊作君」

「…ここを通す訳には行きません」

いくらか鋭くなった顎の形や、より引き締まった肉体は、あの不運続きだった伊作君が戦うべき身体に成長を遂げた事を雄弁に語っている。
ただ、その瞳だけは幼さを残し、甘さを抱いたままだった。

「ついこの間会った時は、一緒にお茶をしていたのにね」

「揺さ振りを掛けようというなら無駄ですよ」

私だって忍なんですから、と言う唇が震えているのだけれど、指摘すれば彼は怒るだろうから黙っておこう。
しかし、伊作君がまだまだ未熟だという事は変えようもない事実だ。

「だったら、すぐに掛かってくればいい。君は私を斬らねばならないだろう」

「………」

間合いを計ろうとしているのか、それとも、決心が着かないのか。
しかし、私にはそんな事は関係ないのだ。
私は一呼吸置くと、刀の柄に手を掛けた。

「斬らねばならないのは、私にも同じ事だよ」

そこから刀身が現れ、伊作君へと向かって虚空に流線を描くまでに掛かった時間は一秒となかった。
しかし、次の瞬間には金属と金属がぶつかる鈍い音が、暗い木立に響き渡った。

「おや、反応出来るとはね」

私の初太刀を己の刀で受け止められた事には感心するが、それも一瞬の事で、私は伊作君から離れると、次なる一手を放った。
刀を振るう度、硬く鈍い音が空気を震わせた。

「防戦一方では私には勝てないよ」

「く…っ!」

息を継ぐ間もない攻めの嵐に、伊作君はそれを防ぐだけで精一杯な様子だ。
伊作君が攻撃に転じられないのをいい事に、私は遠慮なく刀を突き立てた。
そのうちに、とうとう私の刃が伊作君の肌に到達した。

「おっと、ごめんね」

右の頬を掠め、肉が裂けたそこからは鮮血が溢れ、瞬く間に伊作君の頬を赤く染め上げた。

「うーん、歳かな…。標準が狂ってしまった」

刀の刃を濡らした血が月光を受けて淡く煌めいている。

「頸、狙ったつもりだったのに」

そう言って私は笑いかけるが、伊作君の顔は強張った。
私のそれが冗談ではないとようやく気付いてくれたようだ。
こんな子供は、今生き長らえたとしても、いずれは殺される運命なのだろう。

「さて、次は決めようかな」

いつか伊作君と将棋をした時にそうしたように、私は軽やかに足を踏み出した。
そして、一息に伊作君の懐へ潜り込むと、刀を振りかざし、

「じゃあね、伊作君」

と、微笑んだ。



鈍く、しかし、重い衝撃が私の腹に走った。
意図はなかったのだろうが、それは私の肉を深く抉っていた。

「どうし、て」

伊作君のわななく唇が微かに動くと、そんな言葉を紡ぐ。

「どうして、かって?…さあ、どうしてかな」

それだけを言うのが精一杯だった。
私は手にしていた刀を取りこぼし、ふらふらとその場に崩れ落ちた。
膝をついた私のすぐ前の地面に突き刺さった刀は、伊作君の命を奪う事はなかった。

「まあ…、甘いのは、私だった。という事じゃないかな」

今思えば、私には伊作君を刺し殺す気など初めからなかったのだろう。
あの瞬間、本当に殺意を抱いていたならば、刀を振り上げるような真似はせず、そのまま真っ直ぐに伊作君の心臓へと推し進めた筈だ。
大振りな動作には必ず隙が生じ、相手に攻め込むチャンスを与えてしまう、なんていうのは、初歩中の初歩なのだから。

「ついこの間会った時は、一緒にお茶をしていたのにね」

気管を血が塞いだようで、今度は上手く笑えずに咳込んでしまった。
その音によって、それまで放心状態だった伊作君は我に返ったらしい。
慌てて私と同じように地に膝をつくと、私の傷の状態を確認しようとする。
どこの世界に敵の傷の心配をする忍がいるものか。
こんな子供は、今生き長らえたとしても、いずれは殺される運命なのだろう。
それはよく分かっている。
だが、私には彼を殺す事は出来なかった。
たとえ、そのために私が死ぬ事になったとしても、だった。

「…っ、所詮、私もただの人間だったのさ…」

視界が霞んでいく中、泣きじゃくる伊作君の顔を最後に私の目が認めた。
私は驚く程穏やかに、そして、素直に嬉しいと感じながら、目を閉じた。










「…だったんだけどねぇ。どうしてこんな事に…」

私が小さく呟くと、それに対応するかのように、がしゃん、とすぐ隣から聞こえてきた。
布団の上に横たわっている私にでも、それが薬箱を乱暴に床に置いた音だと察知出来た。
また、その行動が意味するものが怒りである事も、私を見下ろす伊作君の恐ろしい形相から理解した。

「何が、どうしてこんな事に、ですか!」

腹の中はさぞ怒りで煮えたぎっている事だろう。
そのせいで冷静に自分の発言内容も省みる事が出来ないのだ。伊作君は何度も同じ文句を私に叩き付ける。

「どうして自分の身体にもっと気を遣わないんですか!どうして死のうとするんですか!あと少しずれていたら、本当に死んでいたかもしれないんですよ!?」

「ああ、ごめんね。本当に」

包帯を代えてくれる伊作君に謝ってはみるが、そうすると、反省を感じられない、と言ってまた怒りだした。

「あなた程の腕なら、私を殺さずに封じる事だって出来たでしょうに」

「さあ、どうだろうね…」

私は天井を見上げて溜息をついた。

「そう、私程の忍が君みたいな若造に倒された上、助けられて手当てまでしてもらって…。ああ、タソガレドキ忍者隊の皆にはどう伝わってるのかなあ」

呆れられてこのまま見捨てられるか、迎えに来た小頭や尊奈門に長々と説教されるかのどちらかだ。
憂鬱に浸る私の心境なぞ知った由もないと言うように、伊作君は口を尖らせた。

「今は風体よりも怪我の心配をして下さい」

「はいはい」

これ以上伊作君の怒りを買ったところで損しかない。私は口を噤み、伊作君に身体を任せた。
それからしばらくは、私と伊作君の間には、包帯を解く音や、薬瓶を取り出す音くらいのものしかなかったのだが、そんな中、不意に伊作君が口を開いた。

「雑渡さん」

「何?」

「もう絶対に、金輪際、一生、自分から死のうだなんてしないで下さい」

私を置いて、と伊作君は小さく付け足した。
忍ぶ者の言葉だとは思えない。
私達にそんな表情は許されないというのに、ましてや、涙なんて。
しかし、落ちてくる水の粒は、きらきらと光を映して、とても綺麗だった。
混じり気がなくて、どこまでも無垢で、それはまるで伊作君そのものだった。

「…私には到底真似出来そうにないよ」

そう言いながらも、守られるか分からない約束を交わしてしまい、揚句幼い口約束なんかに縛られようとするあたり、私もまだまだ小さいのだと知った。




































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雑渡受け第九弾
伊雑は純粋な高校生の恋愛のノリ



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