RKRN御題部屋入口

□人殺しだから情に厚いのさ
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そこには、村があった。
数刻も前、そこには、長閑な村があった。
畦道を駆け回って遊ぶ子供達、それを眺めて笑う百姓、縁側で暢気に昼寝をする隠居の老人。
今やそれらの全ては、轟々と燃え盛る血のように赤い業火と、そこから噴出するいくらかの粉塵とに変わり果ててしまった。
その惨状を一望出来る小高い丘の上、草の陰に潜み、それらを眺めている雑渡の背後に、彼の部下である諸泉が音もなく現れた。
雑渡は振り向きもせずに、

「どうだった?」

と、一言だけを言う。
しかし、その短い言葉から上司の意図を察する事も出来なくては、忍として彼の下に就く事もままならぬ。
諸泉は頭を下げ、調査の結果を報告した。

「我らがタソガレドキ忍者隊を抜けた輩は、確かにあの村の外れにあった家にいました。村に火を放ち、炙り出したところ、ここからだと、村の奥手に見える竹林に逃げ込んだので、そこで、仕留めました」

「そうか。で、奴が持っていた敵国の軍部、そこの武器の情報、並びにうちの機密は?」

「勿論、しかと回収して参りました」

諸泉の話しを聞き終えると、雑渡はため息をついた。

「まったく、戦だの何だのって忙しい時に仕事増やしてくれちゃって…。迷惑ったらないよ」

「そうですね。逃げてどうなる訳でもないだろうに」

その意見に同意した諸泉の顔も、立て込む仕事への疲労が滲んでいる。

「あ、ところで。あそこの村民は全滅したのか?」

「はい。村にいた者は一人残らず」

確実に標的を消すためには、その周囲全てを攻める、それが最も確実で、こちらの手間や犠牲も少ない、と、諸泉は何でもない事のように言った。
実際、彼らにとっては何でもない事なのだろう。
雑渡もまた、

「またタソガレドキの評判が悪くなるねぇ。まあ、戦の最中で、仕方なく、って事にしておこうか」

と、答えた。
その時、雑渡が不意にゆるりと振り返った。
しかし、その対象は諸泉ではなく、諸泉の更に向こうの、小さな林であった。
緩慢な動作で立ち上がった雑渡が背丈の低い雑草を分けて林へと歩み寄ると、その先の草むらががさりと揺れた。
手前で立ち止まった雑渡は、

「ねぇ、そこの君」

と、呼び掛けた。
諸泉が茂みを覗き込むと、草の陰には、一人の子供が座り込んでいた。
やや長い黒髪を後ろで纏めているその子供は、少女と思われる整った面立ちをしていたが、着物からして男であるようだ。歳の頃は一見すると七、八歳程で、青白い顔をしてがたがたと震えている。

「あそこの村の子供だろう?さっき私達がしていた話を聞いていたね」

少年は答えなかったが、雑渡達に怯えている事は明らかで、合わない歯の音が肯定を示した。
村の全てが焼かれた事、それを実行したのが目の前にいる男達だという事を、既に理解している様子だ。
また、少年はいくらかの木の枝を背負っており、偶然村を焼き打った時に、村から少し離れたこの林に薪を拾いに出ていたため、巻き込まれずに済んだのだろう、と雑渡は推察した。

控えていた諸泉が、脇差しの柄に手を掛けるが、雑渡は後ろ手にそれを制し、怯える少年に語りかけた。

「君は何も見なかったし、聞かなかった事にしなさい。そうすれば、見逃してあげるから」

その言葉に逸早く反応したのは、少年ではなく、諸泉だった。

「組頭、この餓鬼は我々の話を聞いていたんですよ。どんな相手でも、生きて逃す訳には…」

しかし、雑渡は諸泉を諌めた。

「いいんだよ。お前は黙っていなさい」

諸泉が眉を寄せるが、雑渡はそれを無視し、少年に向き直った。
そして、己の懐から束ねられた銭を取り出すと、少年の前に投げた。

「それを持って隣の村にでも逃げ込みなさい。誰かは助けてくれるんじゃないかな」

雑渡の言動や、自分の置かれた状況を整理しきれていないためか、呆然として動こうとしない少年に、雑渡は先程よりも少々低めた声で言った。

「早く行け」

それは、ほんの僅かな変化だったが、雑渡の纏う雰囲気が異なるものになった。
そこに感じるのは、血の臭いだ。
しかし、それもごく一瞬の出来事で、次に口を開いた時には、それまで通りの飄々とした様子に戻っていた。

「さあ、それを持って、命があるうちに行きなさい。失くすんじゃないよ」

そう言ってひらひらと手を振ると、少年はぎこちなくだがようやく動き出し、未だに震える手で銭の束を掴んだ。
そして、雑渡達から這々の体で距離を取り、緩い丘陵を弾かれた弾丸のように駆け降りていった。

少年の姿が視界から消えた頃、再び諸泉が鋭い声を上げた。

「いいのですか。少しのものでも、我々の情報を知られたのですよ」

しかし、雑渡は諸泉の主張にはさして興味もない様子で、はいはい、とぞんざいに返事をするだけだ。

「組頭!」

「うるさい奴だね。別にいいだろう。子供の血で刀を錆び付かせるのも恰好がつかないじゃないか」

掴み所のない雑渡の態度に、諸泉も諦めたようだ。
だが、それでも気は収まらないらしく、

「さすが忍び組頭。まったくお優しい事で!」

と、皮肉たっぷりに言い捨てた。
諸泉の厭味に雑渡は隻眼を不気味に歪め、彼にしては珍しく笑みを浮かべた。

「そうだな。人殺しだから情に厚いのさ」

そう答えた雑渡は、少年が走り去った水平線を指差した。

「見たかい、あの子供の目を。自分よりも絶対的に強い私達を恐れ、怯えていたあの目。しかし、あれは同時に、家族や故郷を滅ぼした敵への怒りに燃えていたよ」

「…それがいかがしましたか?」

諸泉の問い掛けに、雑渡は驚いたように目を丸くした。
次には、何を今更、と呆れ果てた表情を作った。

「あの子供はいつか強い忍になるよ。まだ小さな火種だったが、それは炎と成る。自分の大切な物を焼き尽くしたあの業火のような」


そして、雑渡は至極楽しげな笑いを含んだ声で、

「きっと、私みたいな優しい人殺しになるだろうね」

と、歌うように言った。


































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雑渡第八弾
好きすぎて困る



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