RKRN御題部屋入口

□好きな奴って、誰?
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放課後、薬の匂いが染み付いた保健室を残光が照らしている。
薬のやベッド等の部屋に備え付けられた物の他に、橙色に縁取られた影二つが言葉を交わしていた。
会話と言っても、その影の一方である留三郎ばかりが口を動かしているのだが、本人は話す事に夢中である。

「…で、それからな」

しかし、それも片方の影、伊作の大きな溜息により、とうとう終止符を打たれる事となった。

「留三郎、いつまで話してる気だい?」

常備薬の点検、及びその補充を終えた伊作は、薬棚の扉に鍵を掛けると、呆れ果てた目を留三郎に向けた。
オフィスチェアに座っている留三郎は、普段新野がそれを使っているうちは有り得ないだろう回転をさせて遊んでいた。

「何だよ。いいじゃねぇか、こんな話出来るのはお前くらいなんだからよ」

壊れたらどうしようか、と伊作はちらりと心配するが、用具委員会の委員長を務める留三郎なら直せるだろう、と考え、注意をせずに留まった。

「まあ、僕も聞くだけなら構わないんだけどね。でも、思うんだよね」

「でも?」

「いい加減、告白したらいいんじゃない?」

それは、伊作には帰り支度をしながらの軽い一言だったが、留三郎にとっては大きな一撃だった。
椅子から転げ落ちそうになるが、何とか体勢を保つと、伊作に食いついた。

「馬鹿!そんな事出来る訳ないだろ!」

大声で吠え立てる留三郎だが、伊作はどこ吹く風で、全く動じない。

「あいつに、こ、告白なんて無理だ!お前も分かってるだろ!」

「何で?好きなんだったら、そう言えばいいじゃないか」

その伊作の一言に、留三郎は言葉に詰まった。

「だから、それが出来りゃ初めから困ってねぇんだよ…」

次に口を開いた時には、留三郎はそれまでの怒気が消え失せてしまっていた。

「俺だって、言えるもんなら言いたいさ。でも、駄目なんだよ。好きだ、なんて言って、引かれたらどうすんだ…。気持ち悪い、って否定されちまったら、俺、もう生きてけねぇ…」

泣き出しそうに歪んだ顔を隠すように頭を垂れる留三郎を見下ろしていると、伊作も罪悪感を感じ始めた。
面倒臭いと思ったのだが、留三郎は真剣だったのだ。
今更だが、言わなければよかったか、と後悔する。
謝罪と励ましの言葉を掛けようと伊作が口を開いたが、実際に部屋の空気を揺らした声は別のものだった。

「何してんだ、お前ら」

第三者の登場に、伊作が振り返るよりも、留三郎が顔を上げる方が速かった。

「も、文次郎…」

入口の扉は二人の気付かぬ間に開け放たれ、そこには何かの書類を手にした文次郎が立っていた。

「どうしたんだい、文次郎。こんな時間まで残って…」

伊作が尋ねると、文次郎は書類を掲げてみせた。

「今度の各部予算の検討をしていてな。その書類を職員室に持って行くところだ。そっちは?」

「ああ、薬や包帯の確認とか…」

その返答に、文次郎はあまり関心がないようで、ふうん、と一言言っただけだった。
しかし、別の件には至極興味が湧いたらしい。
文次郎は室内にずかずかと入り込み、伊作は無視して、椅子にしがみついて様子を窺っていた留三郎の前で止まった。

「よぉ、留三郎」

「…な、何だよ」

警戒する留三郎をしげしげと眺め、文次郎はからかうように笑いながら言った。

「お前、好きな奴いるのか」

「…っ!」

今度ばかりは椅子も支え切れず、跳ね上がった留三郎の身体は椅子とともに、派手な音を立てて床に崩れ落ちてしまった。

「おいおい、そんなに驚くなよ…。大丈夫か?」

文次郎は呻き声を上げる留三郎に駆け寄ると、心配もそこそこに、

「で、誰なんだ?そんなにレベル高い奴なのか?てめぇも隅に置けないなぁ、この!」

喜々として留三郎の恋愛について根掘り葉掘り質問し始めた。
俯いて口を噤む留三郎に更に距離を詰める文次郎を傍観する伊作は、大きな溜息をつく。

(留さんも留さんだけど、文次郎も鈍いんだよ)


「なあ、言えって。減るもんじゃなし」

普段喧嘩ばかりしている相手の弱点を発見したからか、文次郎はいつになく楽しげだ。
それに反して、留三郎はますます固まってしまう。
そして、伊作は再度溜息を吐き出した。
人事ではあるのだが、頭痛を覚えた伊作は、こめかみを押さえる。

(留さんの想い人は、文次郎、お前だよ)

黙り込む二人とその理由が分からない一人。

「おい、誰なんだよ!」

夕暮れに染まる保健室に、文次郎の声ばかりが響いた。



































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留文第一弾
初々しい恋を目指したい



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