RKRN御題部屋入口

□右目だけで十分過ぎる世界
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忙しい仕事に少しの暇を見付けた日は、私の足は忍術学園へと向かう。
正門から許可を得て訪ねられる身ではないので、私は壁を乗り越えて園内に忍び込み、目的の部屋の障子を開いた。

「やあ、伊作君」

「昆奈門さん、当然のように入って来ないで下さいよ。それ、不法侵入なんですから」

不審者扱いをしながらも、伊作君に警戒するそぶりはないし、平然と何かしら薬の調合を続けている。
慣れとは恐ろしいものだ。

合戦場で私が伊作君に助けられたあの日以来、私と彼との間に交流が生まれた。
私は忍術学園にしばしば顔を見せるようになり、初めこそ便所紙や救急箱を投げ付けられたりしたものだが、今ではすっかり私の突然の来訪も日常の一部として馴染んでしまった。
不法侵入者に茶と菓子まで出してくれたりもする。
私と会う回数が増えるうちに、私が敵方の忍である事を忘れてしまったのか、伊作君は私に順応していった。
もしかしたら、私が彼らから情報を聞き出すために親しくなろうとしているか、あるいは、命を狙っている輩であるかもしれないという可能性は、一切念頭にないようだ。
常に穏やかな笑みを湛える彼を見て、私はつくづく思う。

「君は本当に忍者には向いていないねぇ」

「傷の手当てしてもらってる人が言う台詞ですか?」

私の漏らした呟きに、伊作君は苦い表情をする。

「おや、口に出ていたかい。いやいや、それについては本当にありがたいと思ってるんだよ」

綺麗に巻かれた腕の真っ白い包帯を眺め、私は感心していた。

「さすが、保健委員長。忍者より町医者の方が向いてるんじゃないかな」

それは余計な一言だったようで、目の前で古い包帯や消毒綿の始末をしていた彼は更に顔をしかめた。

「だったら、言わせてもらいますけど」

私の発言のせいなのだが、機嫌を損ねた伊作君は怖い顔で、私の顔や腕、そしてつい最近作った足の傷を指差した。

「何度も言ってますが、ちゃんと包帯はまめに代えて清潔を保つ事。それから、きちんと傷の消毒もしておく事。更に言うなら、新しい傷を増やさない事!」

びしびしと指摘、続いて指導をする姿は、やはり保健委員長らしい姿で、その将来は医者を想像させる。
たくさんの注意を受けた私は、

「あー…、まあ、気を付けるよ」

と、やや気のない返事をすると、伊作君はその私の態度を咎め始めた。

「その気構えがいけないんですよ!昆奈門さんは、ご自分のお体に気を遣いなさ過ぎるんです。もっと大切になさって下さい」

「あー…、うん、そうだね」

「ほら、またそうやって…。昆奈門さん、あなたが傷付いて悲しむ人だっているんですから」

庭の雀を目で追いながら適当に相槌を打っていた私の手に温もりが重なり、そちらを見遣ると、伊作君の手が私の手を包むように握っている。
彼はその温度と同じように、心地良い笑みをふわりと浮かべ、それを私に向けた。

「私はあなたが大切です。だから、どうか私のためにもご自身を大切になさって下さい」

それはとても綺麗で、おろしたての包帯よりもずっと白く、汚れのないものだ。
私はそれに半ば見惚れながらも、繰り返し言った。

「やっぱり君は忍には向いてないよ」



私に警戒心を抱かない事もさる事ながら、伊作君は本当の戦場というものを知らない。
周りにいる人間が突然死んでしまうような中、どうして自分の怪我一つにかまけていられようか。
例えば、偶然隣の茂みに潜んでいた仲間の所に、偶然矢が飛んで来て、偶然それが仲間に刺さってしまい、偶然その箇所が良くない所で死んでしまった、という事はざらにある。
全ては偶然であり、死ですらただの現象に過ぎない。死とは辺りに溢れているのだから、一つ一つに心を奪われている暇はない。
そして、運良くその時生き長らえた自分は、敵の喉を引き裂くのだ。

「やっぱり町医者になった方がいいと思うな。うん、そうしなさい」

「人の人生を勝手に決めないで下さいよ!」

私は伊作君には忍になってはほしくない。
戦場というものは、あまりに無慈悲で、残忍で、汚い赤一色の場所だ。
何時だかの戦で火傷を負った時、唯一残ったこの右目だけでも十分過ぎる世界だ。
純粋で無垢で美しい伊作君の瞳には、そんなものを映させたくない。

「伊作君には今のままでいてほしいんだよ」

「どういう意味ですか、どういう」

「そのままの意味さ」

私を大切だと思うなら、どうか、曲者でも受け入れてしまうような少し抜けた君でいてくれ。
私が忍としてではなく、人としていられる温かな君でいてほしいのだ。

「君の事は私が守ってあげるからね」

「男としては守られるより守りたいんですが…」

「そういう事は、私より強くなってから言いなさいよ。無理だとは思うけど」

「うう…」

「君は小言でも言いながら私の傷の手当をしていればいいんだよ」

そんなにむくれなくてもいいだろう。
君がいてくれるその間は、死なずに帰って来られると言っているのだから。

「大好きだよ、伊作君」








































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初伊雑
男前な雑渡さんが好き



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