RKRN御題部屋入口

□儚いなんて世界一醜い言葉
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諸泉尊奈門は諦めつつあった。
四方を敵に囲まれ、己の立ち位置は切り立った崖の上。
場所、状況のどちらから見ても、まさに崖っぷちだった。
足の遥か下方には川があるようだが、あまりに遠く、落ちればまず助かる見込みはない。
敵は自分の命をそのままに倒す事の出来る数ではない。
尊奈門は、逃げ道がない事を思い知った。
ここまで逃げるうちに敵から受けた腕の傷が酷く痛む。
武器には毒が塗られていたようで、時間が経つとともに身体は重くなるばかりだ。
攻撃を仕掛けられれば切り返すだけの気力と技巧が尽きるのは時間の問題だろう。
敵もそれを承知しているようで、尊奈門が戦闘不可能となるのを待っている様子だった。
引くも進むもままならないこの状況、尊奈門は遂に覚悟を決めた。
懐に眠る爆弾を用いれば、眼前の敵の何人をあの世に道連れに出来るかを考えた。
一刻の猶予とて持ち得ず、助かる希望もない今、尊奈門は自分に残された道はこの一本だと確信したのだ。
しかし、懐に手を延ばしたその時だ。

「自爆するつもりなんだ。格好良いねぇ」

現状にそぐわない、間延びした緊張感のない声に尊奈門のみならず、その場にいる者全てがはっとした。
しかし、その声の主の居場所を探り当てるよりも、尊奈門を囲む中の一人の首が血を吹くが速かった。
その身体が倒れ伏すと同時に、その右隣りの男も同様の末路を辿り、彼らは突然現れた新たな敵に騒然となった。
二人目を見事瞬殺した人物は、そこでようやく姿を現した。
聞き覚えのある声の正体は、尊奈門がよく知った男だった。

「組頭…」

右目を残して顔を包帯で覆い隠している男は、尊奈門の上司である雑渡昆奈門であった。
彼は敵から寄越される警戒と殺意を気にも留めない様子で、尊奈門に向き直り、ぱちぱちと手を打つ。

「自ら死を悟って奴ら諸ともあの世へ行こうだなんて、殊勝だ。とっても健気だ。尊敬するよ」

それを口にされたら困る、と尊奈門は焦るが、止めたところで今更なので諦める。

「…用がないなら、早くどこへでも消えて下さい。巻き添えを喰らいますよ」

「尊奈門、いつからそんな偉そうな口を聞くようになったのかい?助けてあげるために来たとは思わないのか?」

尊奈門は周囲を見回して、ため息をついた。

「この状況でどうやって?戦っても無駄死にだ。でも、あなただけなら逃げ切る事も可能でしょう」

さあお早く、と促すが、雑渡はその通りにする気配はない。
いよいよ視界までも頼りなくなってきた尊奈門は、早く雑渡に見捨てられる事を望んでいた。
自分を抱えて逃げる事が叶わない事も知っていたし、それは自分が許せないからだ。
しかし、雑渡は尊奈門の心とは裏腹に、崖の切っ先に立つ尊奈門へと歩み寄った。

「尊奈門」

抗議の声を上げようとするが、雑渡の表情を見て、その口は開かなくなった。
彼は既に笑ってもふざけてもいない。

「死ぬ覚悟はご立派だ。時には必要かもしれない。しかしな」

硬直する部下の確認も取らずにその懐に手を入れ、彼が最後の切り札として抱いていた爆弾を取り上げた。

「死は最終手段。簡単に出すものじゃないよ。というか、私達には許されない」

話しながら、雑渡は導火線に火を放った。

「何が何でも最後まで諦めるな。可能性があるならそいつに命を賭けろ」

そして、二人を包囲する不特定の敵に向かってそれを放り投げると、尊奈門の腕を掴み、谷底へと一寸の迷いもなく飛び込んだ。





次に目覚めた尊奈門は、暗い河原の石の上に身体を横たえていたため、やはり死んだか、と思った。
しかし、それは彼の視界いっぱいを埋める包帯だらけの顔で否定される。

「やっと起きたね」

咄嗟に身を起こそうとするが、雑渡に止められた。

「ああ、まだ動かない方がいい。毒消しは飲ませたけど、少し待とう」

そう言って離れた雑渡を目で追うと、彼の左腕は添え木で固定されていた。

「…それ」

「ん?これ?やっぱり無傷という訳にはいかないね」

その腕をよく見えるように掲げて、雑渡は笑った。

「一体、あの高さからどうやって…」

「持ってる道具が苦無しかなかったから、岩肌に突き立ててみた。結局止まらずに落ちたけど、速度を落とすくらいの役目はあったみたいだ。運よく川もそれなりの深さがあったものでね。おかげで骨を折る程度で済んだよ」

おそらく、その怪我は尊奈門を庇ってのものだろう。
敵から受けた傷以外に痛む箇所がない事から、尊奈門はそれを察した。
いくらか他よりも大きな石に腰を下ろした雑渡に、

「すみません、組頭…。ご迷惑をお掛けして…」

と、謝った。

「え?何?」

雑渡はそれを聞き流していたようで、返って来たのは間の抜けた反応だった。

「だから、組頭のお手を患わせた揚句、お怪我までさせてしまった事を…」

「ああ、それね。いいよ、どうでも」

「どうでも、って…」

顔をしかめ、理不尽を訴える尊奈門を見た雑渡は、それを一笑し、尊奈門に言った。

「悪いと思うんだったら、もう二度とすぐに死のうとするんじゃないよ」

天を仰げば、上弦の月が冷ややかな光を降らせている。

「死ぬ事は美徳でも何でもない。命が脆くて危ういものだから、そう言い聞かせて納得する人は世に溢れてるけど」

にい、と目を細め、空を見上げる雑渡は確かに忍の顔をしていた。

「儚いなんて最低の言葉だよ。生きてなければ任務を果たせないんだから」

任務を果たせない忍はもっと最低だ、という雑渡の言葉は暗い闇に消えていった。






















―――――――――――――――

雑渡第三弾
雑渡さんが好きすぎる



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