ウィンリィ来たる

□ウィンリィ来たる
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その1 前編




ガタタン ガタタン

汽車が揺れている。視界は一面の緑から人工物だらけの都会へ
と変わってゆく。

あたしは何度目になるか分からない溜め息を吐いた。その溜め
息は、慣れない固い椅子の所為じゃない。自分宛に届いた、小
学校の教科書のお手本にあるような丁寧で流麗な文字で綴られ
た、一通の手紙の所為だった。



——親愛なる、ウィンリィ様



手紙を書くのがとても遅くなってしまいごめんなさい。ばっち
ゃんと二人、元気に暮らしていますか?

僕は、先日、実に六年振りに風邪を引きましたが、二人が持た
せてくれた解熱剤が役に立って大事には至らず、数日で完治し
ました。

セントラルでの暮らしは、非常に順調です。生身の体で生きて
行くと言う事が、どれだけ沢山の物を必要とする事なのかとか
、お腹が空く事だとか、気候に左右されて衣服を選ばなければ
ならない事だとか、最初は戸惑い、困ったり、焦ったりする事
もありましたが、今ではもうこちらの生活にも慣れ、生活の場
にと決めたフラットもとても快適で——



……ここまではなんの問題も無い手紙だ。ちょっと腹立たしい
のは、書いてある通り、届くのが遅かったという部分だけ。問
題なのは、この先。



——ねえウィンリィ、どうか驚かないで聞いてください。……
いや、驚かないで、というか、僕がおかしくなったと思わない
で、信じて、聞いてください。

僕は今、——幽霊か何か、不思議なイキモノとなって存在する
兄さんと共に、暮らしています。

図書館の蔵書で調べた限りでは、東洋の「座敷童」という妖精
に一番近いようです。七、八歳程度の子供の姿をしていて、そ
の時々によって、身体が消えたり、すり抜けたりします。言葉
で説明するのはとても難しくて……、とにかく会ってくれれば
、分かると思います。是非一度、会いに来てください。



住所は下記に記した通りで、休日は特に何かが無い限り家に居
るので——……



「ダメだ……絶対おかしくなってる……」

言葉にすると、それは重みを帯びてより一層自分を苦しめた。

……幻覚、幻聴。

それもおそらくかなり重度のもの。

アルの中で、歪み作り上げられた兄、エドワードの像。

私はきちんとアルの目を見て話が出来るだろうか。友人として
……いいえ、医師として。

けれど、エドは……アルフォンスの兄は、何故子供の姿をして
いる? 何故幽霊である必要がある?

……リゼンブールの生家には心理学の書物は少なく、今のウィ
ンリィには情報が少な過ぎた。そして、その乏しい知識では、
それを必死で総動員してみても、アルフォンスの手紙から読み
取れる状況には、謎ばかりが募った。

幻覚・幻聴。それは普通、恐ろしい物や醜い物が患者を襲う場
合が多い。悪人や虫や気持ちの悪い物が見え、命令、罵声が聞
こえる。アルフォンスの手紙の内容に、これらは一切当て嵌ま
らない。むしろ全く逆。何よりも大切な物。一番傍に居て欲し
い存在がアルフォンスには見えている……。

「二十年以上前の医学書なんて、役に立たないって事よね……


ウィンリィは、もう何度も読んで端が少し折れた手紙を、丁寧
に畳んで封筒に仕舞った。降りる駅が近付いている。

少しばかり広げた荷物を纏め直し、手紙は手にしたままで汽車
が止まるのを待つ。そして汽車は間もなく、滞りなく駅に着い
た。







初めて降り立つその街は、適度に栄え、適度に環境も良く、一
見してとても暮らしやすそうな街に見えた。行き交う人々の表
情には余裕が見え、誰もが身奇麗で、街路樹も美しい。ウィン
リィはもう一度アルフォンスからの手紙を開いた。

「えっと、まず駅の東口から右手……郵便局のある方……。…
…こっちね」

本当は電話を一本入れさえすれば、迎えに来てくれる事になっ
ていたのだが、ウィンリィは何となく、アルフォンスを外に出
す事すら危険な事のような気がして、折角細かく道筋を書いて
くれた手紙を無駄にする事はないと、自力で彼の家を目指して
いた。

しかし。

「あれ……? この道どっち……? 市場の……えっと、野菜
が売ってて……こっちも野菜が売ってるじゃないのよ……もう
!」

……迷った。

アルフォンスの住むフラットの近くは、多くの市場で賑わって
いる。

果物、野菜を扱う店は、特段多い。

ウィンリィはあちらこちらを歩き回った挙句、お手上げとなっ
た。

近くの店で、電話を借りる。

トゥルルルル トゥルルルル

呼び出し音は長く続いた。事前に連絡をつけておいたから、留
守という筈はない。

しかし、20秒……30秒……40秒…………

「もしもし!」

「えっ!?」

「ちょっ! 兄さん! 勝手に出ないで! ……済みません、
エルリックです」


(大画像)


(携帯用画像)

「っ、あ、あのっ、あ、アルっ!? あたし、ウィンリィ、…
…だけど……」

ウィンリィの声は、動揺で先細った。

「ああ、ウィンリィ。どうしたの? 今どこ?」

「な、なんか……市場のとこで、……迷っちゃって」

「そっか。何だ、駅じゃないの。だから迎えに行くって言った
のに。うーんと、なんか目印になるものあるかな」

「今電話を借りてるところは、靴屋さんなの。靴屋さんは珍し
いみたいなんだけど、周りはみんな同じに見えて……」

「それ、右隣は果物屋さん?」

「え? ええと、……うん、そうみたい」

「ああ、分かった。すぐ行くよ。そこから動かないでね」

電話はアルフォンスの方から切れた。

「………………」

ウィンリィは、蒼白になり俯いて口元を覆った。

先程の、最初に電話に出た子供は一体誰だったのだろう……。
反芻する、今の子供の声。



『もしもし!』

『ちょっ! 兄さん! 勝手に出ないで!』



エドワードである筈などない。アルフォンスの幻聴が、あたし
にまで聞こえるなんて理屈はない。

ウィンリィの胸に、新たな恐ろしい疑惑が生まれる。

……すなわち、幼少の頃の兄によく似た子供を誘拐。そして…
…軟禁。



「いやー!! あたしにどうしろってゆーのよー!!」

靴屋の店主が、びくりと肩を震わせて振り返った。




(大画像)


(携帯サイズ画像)





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