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※ 手塚崩壊気味なので、受け付けない方は読むのをお控え下さい。









夜の帳が下りた頃、太陽のもとでは輝けない蝶達が一斉に羽ばたき始める。
人口の集中する都市部では星の煌きなどほんの少しの事で、誰もその光が自分を照らしているなど知らない。
ただ代わりに輝く色とりどりのネオンによって、街はそっと活気を見せていた。

昼と同じ様に輝く街の一角に、ひっそりとそれでいて存在感を滲ませる店がある。
そこはこの世界で知らない奴などいないといほど、名うての店『ミラッジオ』。


これはその店での夢の様に儚く、幻の様に美しいお話の一部である。








『どうした、何か辛いことでもあったのか?』

初めてここへ来た時、私に付いてくれた人は表情を全く崩さない、取っ付きにくそうな人だった。
それでも優しさに溢れる人で、私のちょっとした動きや表情から気持ちを汲み取ってくれるよく出来た人だと思えた。
些細なことには微動だにせず、大人の余裕と雰囲気を持つこの人には羨望と敬愛の念を持っていた。
なのに、彼へのイメージはあっという間に硝子の様にあっけなく打ち砕かれた。

「ああ、本当にお前は何時見てもかあいらひい。その硝子玉の様にキラキラした瞳で俺を見つめられたら、おれは、俺はもう死んでしまう!なんて罪な美しさなんらっ!!」

目の前に座り私の手を握る男、手塚国光は頬を薄っすらと朱に染め、普段はキリリと切れ長で威厳を見せているはずの瞳はとろんとし、焦点の合わない瞳でそう発した。
声も普段以上に大きく、呂律が回らずたまに噛む様は何とも言えない。
むしろドン引きで、私の体はちょっとずつ国光君とは逆の方へと移動していた。

「あのね、国光君。」

そっと彼の名前を呼べば、それすらも国光君に喜ばれ「鈴を転がしたようとはまさにこういう事を言うんだろう。なんて澄んだ声なんだ、もう一度俺の名前を呼んでくれ!」と腕を引かれ、折角出来た空間が無くなってしまった。

「国光君、ちょっとお水飲もうよ。酔い冷まそう、ね!」

国光君に解る様、テーブルへと視線をやした。
テーブルの上には空になったボトル数本と、飲みかけのグラス。
彼も釣られてテーブルへ視線を動かしたが、「いやだ」ときっぱりと断られた。
あまつ「俺は酔っていない。まだ飲めるぞ。」とまで言ってくる。

「いやいやいや、国光君完全に酔ってるよ。」
「お前がまだ飲むのに俺だけ水なんて嫌だ。」

ふうと溜息を吐き、じゃあ私もお水飲むからと言えば「俺とは酒も一緒に飲みたくないのか!?」と文句を言われ、お酒もちょっと飲むと言えば「そんなに飲むと体を壊すから駄目だ!」と怒られた。

国光君どっち!?

国光君が私よりも数歳年上のはずだ。
そのいい大人が私の両手を掴み、嫌だ嫌だと首を左右に振る様は本当に年上なのかと呆れてしまう。

「もう解ったから、取り合えずお水飲もうよ。」

じいっと国光君と視線を合わせ、首を傾げて見せれば国光君の頬が林檎の様に真っ赤に染まった。

「首を傾げて俺を見るんじゃない!お前はそんな技どこで覚えてきたんだ全く。それは俺以外の前でするんじゃないぞ!」
「すみませーん、お水下さい。」





国光君はお酒に弱い。
そのくせ接客にとても真面目で、お客がお酒を止めない限り一緒に飲んでいる。
お酒の限界もまたお前それでもホストか?と疑いたくなる程早い。
素面の時はずっと眉間に皺を刻み、どこか威厳のある雰囲気を出しているのに、酔うと一瞬にしてそれらが消え失せる。
柳眉は常に垂れ、細く切れ長の瞳はとろんと、声のトーンを上げ饒舌になる。
更に国光君は絡み酒だ。
タチが悪すぎる。

お酒に弱いと知ったのは入店して数十分後だった。
私はお酒に強いというか、酔ったことが無い。
それもあってか呑むペースが速く、真面目に接客する国光君は見事に酔い潰れた。
本当に直ぐ潰れてしまい、数人のホスト達に担がれていった。
顔を真っ赤にしてうんうんと唸る国光君が消えていくのを、唖然として眺めていたのを覚えている。
代理でついてくれたホストに、国光君がお酒に弱いのと原因なんかを聞かされた。
それには呆れてしまった。
だけど、仕事に真摯な姿には好感が持て、次に来た時は自分から国光君を指名し潰してしまったことを謝った。

『いや、俺が勝手に潰れてしまっただけでお前は悪くない。先日は済まなかったな。』

と、国光君は目を細めフッと柔らかな笑みを浮かべ、その美しさに不覚にもドキリとした。
以来ずっと国光君を指名し、お酒のペースをゆっくりにして楽しんでいる。
ほろ酔いまでの国光君は本当に格好良い。
尚且つ知識も豊富で、一緒にいて飽きない。
酔ってしまえば色々と面倒で、ドン引きな人間になってしまうけど、それでも楽しい一時には変わりなかった。





「それじゃあ私そろそろ帰るね。」

ジャケットを手繰り寄せ、横で大人しく水を飲んでいる国光君に告げれば、彼の手からコップが滑り落ちた。

「わっ、国光君水!水かかってる!!」

慌てて鞄からハンカチを取り出しスーツへと宛がった。
国光君は膝に水を染み込ませたまま微動だにせず固まっている。

ああもう、本当に酔うとめんどい。

それにしても零したのがお水でよかった。
ぽんぽんと水気を取っていると、ボソリと私の名前を呼ぶ声が降ってきた。

「え?なに国光君?」

顔を上げると、国光君の腕が伸びてきてぎゅっと抱きしめられた。

「ちょ、くく国光君!?」
「行くな、俺を置いて行かないでくれ!お前が居ない人生なんて、死んだも同然なんだ。だから俺を置いて行かないでくれ!!」
「私まだ死んでないから。」

ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、耳元で国光君が鼻を啜る音が聞こえた。
本当、どこまで子供なんだろう。
別に今生の別れじゃないのに、国光君は何度も私の名前を呼ぶ。

明日は朝から仕事が入ってんだけどな。
仕方ないかと溜息を吐き、そっと国光君の名前を呼んだ。

「解った、もう少し居るよ。」
「…ほっ、ほんどうか?」

顔を上げた国光君はかなり泣いたようで、目元が少し赤くなっている。
うんと首を立てに振れば、国光君は子供のように満面の笑みを浮かべもう一度抱きしめられた。




国光君の駄々に毎度根を挙げるのは私で、この店をすんなりと帰れたことは無い。
それでも国光君を嫌いになんてならなくて、私はこの雰囲気を楽しんでいたりする。


その事に苦笑を浮かべ、今日は何時変えれるだろうかとぼんやりと考えた。





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