その他

□Notice my heart.
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両手一杯のノートを抱えゆっくりと歩いていると、窓向こうに綺麗な葉桜が目に入った。
今年の桜は去年と比べようも無いくらい煌びやかで美しかった。
その桜も4月半ばには全て散り、今では青々とした葉が晴天の下広がっている。

そっか、もう夏も近いんだ。

きっと直ぐにでも蝉が煩く音を奏でるのだろう。
桜の下、新入生達を見たのはつい最近のような気がするのに、時間の流れは本当に早い。
しみじみとそんな事を考えるだなんて、なんだか自分は年寄りみたいだ。
クスクスと笑みを零し、葉桜を見ながら歩いているとドンと急に何かにぶつかった。

「わっ!?」

しまった、よそ見し過ぎた!!
そう思った時には体が前へと崩れ、ぶつかったモノと一緒に床へと倒れこんでしまった。

「ふべっ!」

当然私はノートを抱えているから受身も取れない。
変な声を上げながらクラスメイト達のノートへと、顔面からぶつかってしまった。
ちょっと、いや、すっごく痛い。
ううと唸り声を上げながら顔を上げれば、左右に散らばるノートの数々。
倒れた衝動で散らかしてしまったらしい。
ヒリヒリする鼻を押さえ、これらを拾い上げなきゃならないのかと思うと自然と溜息が零れた。

そういえば、私の下敷きになった人は大丈夫なんだろうか。
かなり景気の良い音を響かしてしまったけど、怪我とかしてないだろうか。

ぐっと上体を起こし恐る恐る下を見やれば、SEIGAKUと大きなロゴの入ったジャージが目に飛び込んできた。
青と白のこれには凄く身に覚えがある。
しかも少し離れた場所に落ちてる帽子なんてつい最近みたような気もする。
まさか!と視線をもう一度下敷きにしてしまっている人へと戻せば「重い。」と小さく零された。

「えええ越前君!!ごめん、ごめんね!」

その声に瞬時に反応し、私は慌てて彼の背中から飛び退いた。
私が下敷きにしてしまった人、越前君がゆっくりと起き上がり私をジトリと睨んだ。
何時も不機嫌だけど、今日はそれに輪をかけて凄みがある。
うう、本当にごめん。

「先輩ってさ、人に迷惑かけるの上手いよね。」

それから帽子手繰り寄せ、大きく溜息を吐かれてしまった。








「へえ。越前とそんなことがあったんだ。」
「うう、やっぱ私不甲斐ない先輩だよね。」

カシャンとフェンスにもたれ俯くと、ふわりと優しく頭を撫でられた。
後ろの方ではポンポンとボールの音や素振り、掛け声が溢れている。
今は部活中で、レギュラーの休憩を使ってコート場内で他の部員達が練習に勤しんでいるのだ。
私と同じように横でフェンスにもたれていた不二君は、柔和な笑みを浮かべて見せた。
さっきまでキツイ練習をこなしていたはずなのに、無駄に爽やか。

「やっぱり私、越前君に嫌われてるのかなあ。」

折角の不二君の笑顔も、今の私の心情では何の効力も持たない。
溜息を吐き、先輩らしくなりたいなともう一度溜息と一緒に溢れた。

「ごめんね不二君。また愚痴みたいなの聞かせちゃった。」

そんな私に不二君はまた柔らかな笑みを浮かべ、「別に構わないんだよ。」と返してくれた。
ただのクラスメイトである私の愚痴に何度も付き合ってくれるだなんて、本当に不二君はいい人だ。
心の中で何度も感謝して、私も不二君の笑みに返した。

「不二先輩、手塚部長が呼んでたっスよ。」

噂をすれば何とやらで、越前君が私たちの前に現れた。
かなりの不機嫌らしく、不二君と向き合ってる間ずっと眉を寄せている。
心なしか睨んでるような気もする。
でも不二君はそれに気にする様子もなく、ニコリと笑みを浮かべ受け流した。
それからもう一度私の頭を撫でてくれ、「元気だしてね。」と最後まで気遣ってくれた。
不二君の優しさに感激し、私はコクリと頷き笑顔で彼の背を見送った。

「先輩ってさ、不二先輩と凄く仲が良いよね。」

越前君は私たちのいた場所を離れず、不二君が離れてからポツリとそう呟いた。
まださっきの事を怒っているのか、言葉がどこか刺々しい。

「まあ、3年間同じクラスだからね。」
「ふーん。」
「今日のこと、まだ怒ってる?」
「別に。」
「……………」

どうしよう、凄く会話がし辛い。
越前君とはこのテニスコートで知り合った。
それもあまり嬉しくない顔合わせで、会った瞬間「大きくて邪魔なんだけど?」とまた随分な事を言われてしまったのだ。
確かに私は女子の平均身長より少し高い。
でもそんなに高いわけでもないし、そんな出入り口を塞ぐ様なことはしてないし迷惑な事だってしていない。
ただぼおっとテニスコートを眺めて立っていただけなのだ。
越前君の堂々とした姿に呆れや怒りなんかより、驚きでいっぱいで、突っ立っていると更にジロリと睨まれた。
初っ端からそんな風に扱われ、以来ずっと私は先輩として見られてない。
そりゃあ確かに邪魔だったのかもしれないけどね、それでも言い方ってものがあるんじゃないのかな?
他にも偶然越前君の昼寝中の足を蹴ってしまったりとか、ちっさくて可愛いねとか言ったこともあるけど、悪気があったわけじゃないしちゃんと謝りもした。
それなのに越前君の私への態度は、他の先輩と比べ明らかに冷たい。

そんなに嫌われような事したかな。

「あのさ、先輩あんまし不二先輩と話さないで。」

自分の考えに泣きそうになっていると、越前君がまた少し不機嫌そうに言葉を零した。
何で?と返せば返事はなく、ふいと視線を外された。
今の会話で越前君を不機嫌にさせるようなこと言ったかな?
むうと眉間に皺を刻み、一生懸命不機嫌の原因を探っていると不意に袖を掴まれた。
越前君を見るも、相変わらず視線は反らされたまま。
でも彼の耳はさっき見た時よりずっと赤く、何だろうとじっと待っていると消え入りそうな小さな声が零された。

「他の人と先輩が仲良くしてるの見るのが嫌なの。」

その言葉に一瞬「え?」と自分の耳を疑ってしまった。
聞き間違いじゃないだろうか?
もう一度越前君を見ると、もう耳の赤みは消え不機嫌そうな表情で私を睨んでいる。
なんで?
だって越前君、私のこと嫌ってたんじゃないの?
そう聞けば、越前君は更に眉を寄せ「別に先輩の事嫌いだなんて言った覚え無いんだけど?」と返された。
確かに、思い出してみれば嫌いとは言われていない。
でもそうとしか取れない態度を示されたような気だってする。
でも嫌われてないならそれだけで嬉しい。
私は情けないくらい表情を崩し、何度も越前君によかったと笑んだ。

越前君に嫌われてない!

「ん?でもなんで不二君たちと仲良くしちゃだめなの?」
「鈍感。それくらい自分で解ってよ。」





嫌われてなかったと安堵していた私が、違う意味に気付いくのはもう少し後のこと。








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