その他

□Congratulations!
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少し肌寒い春、それでも天気に恵まれ雲一つない青空の下、立海大附属中学校の卒業式が行われた。





―――ガチャリ


素っ気無い扉を開けば、その奥にも味気無い空間が広がっていた。
不思議な事に、弟に連れられて来た時はもっと賑やかで明るいイメージがあったのに、今はそれを感じさせない。
首を傾げつつ、私は壁近くに置かれた長イスに座る人物へと視界を向けた。

「卒業おめでとう。式、あっという間だったね幸村君。」

そこには珍しく制服姿の幸村君が座っていた。
手には卒業証書の入った筒が収まっていて、突然の来訪者に驚いたのか普段より目を大きく見開いている。

「先輩か、ビックリした。」

でも直ぐに幸村君は、花が咲誇る様な柔らかな笑みを浮かべて見せた。

「式終わってすぐこっちに来るだなんて、幸村君は相当なテニス馬鹿だよね。」

クスクスと零せば、幸村君は少し柳眉を垂らし「そうかもしれないね。」と笑んだ。

「これ赤也から預かって来たよ。赤也ったら式中に感動したらしくて、今顔がぼろぼろのぐちゃぐちゃになる位泣いてんのよ。それで幸村君に合わす顔が無いからまた後で挨拶に行きます、って。」

そう言いながら、赤也から預かってきた大きな花束を渡した。
幸村君は「ありがとう」と花束に愛しそうな眼差しを向けて受け取ってくれた。
気恥ずかしさで、姉として恥ずかしいよと呟けば幸村君はふふっと含みのある笑みを零した。

私も幸村君の隣りへと腰を降ろし、一緒に部室をぼんやりと眺めた。



幸村君とは、弟、赤也を通して知り合った。
立海に入ってから更にテニス熱が上がった弟が、毎日の様に話してくれるテニス部に興味を持ったのがきっかけだ。
土日に部を覗いたりしていくうちに顔を覚えられ、気楽に話し合える程親しくなった。


「先輩もおめでとう。高等部は先週卒業式だったはずだよね?」
「そうだよ。高校生活もあっという間で、本当月日の流れって早いよね。」

言いながらイスに手をつき、体をぐぐっと伸せば「年寄りくさい。」と返された。

「それ笑顔で言うものじゃないよ?」
「うん、知ってる。わざとだから。」
「………」
「ふふっ、嘘だよ。ごめんね先輩。」

本当にそう思ってるんだろうか?
じとりと疑いの眼差しで睨めば、また含みのある笑みを返された。
それから「そういえば」と話を変えられてしまった。
絶対幸村君は腹に一物も二物も抱えている男だ。

「先輩は4月から東京の大学だよね。ちょっと酷いな。」
「?なにが?」
「それは俺から言えないよ。悔しいから自分で答え見つけて。」
「うわっ、意味解んないけど馬鹿にされたのだけは分かる。」
「ふふっ」

突然視界が陰り、左肩辺りに少し重みを感じた。
次いでふわりと花の甘い香りが溢れ、横へ顔を向けると幸村君が私へともたれかかっていた。

「え!?どうしたの幸村君!疲れた?それとも眠いの?」
「そんなわけないじゃん。先輩じゃないんだから俺。」

幸村君はクスクスと笑みを零し、その揺れが肩から伝わって来る。
むうと眉をしかめ、「幸村君らしからぬ行動に心配してあげたのに、そんな事言うんだ?」と嫌味を込めて言えば、綺麗な紺の髪が揺れ伏目がちの瞳とかち合った。
幸村君の瞳はどこか熱を帯び、ガラス玉の様にキラキラ輝くそれはとても綺麗。
じいっと見つめていると、彼の顔がゆっくりと降りてきて、頬に柔らかな感触が走った。

「……は?」

それは一瞬で、視界に広がる幸村君の整い過ぎる顔は満面の笑みが浮かんでいる。

「俺何時までも"弟がお世話になってる部の部長"じゃないから。」

それから唖然としたままの私の耳元で、それはもう美しく甘ったるい声音でそっと囁かれた。
私が我に返ったのは更にその後、幸村君に初めて名前を呼ばれた時だった。









桜咲く別れと出会いの季節。








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