夢・・・

□モラトリアム
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「『生協の白石さん』…」
「面白いよ」
「知ってる」

呆れ顔の君がいつもの場所に腰を降ろしながらため息。


「なんで、ネットで読めるものにわざわざお金払うの?」
「いいじゃん、パソコン苦手なの」


何かを言う為に君がひとつ息を吸う。
「いいの分かってる、新しいモノにもう少し順応したほうがいい。世の中の情報を自分で取捨選択しながら生きていかないと世間知らずになるって言いたいんでしょ」
「分かってるのに」
「覚えてるだけ、分かった訳でもって納得したわけでもないよ」


それだけいって本に意識を戻す。



「世の中に溢れる時事問題なんて知らなくても私の世界は回るの」


わざとらしく大きなため息の君。



いいの

分かってる
モラトリアムな季節はとっくに後ろに通り過ぎて
私は自らすすんで世間知らずになっている。


目を背けてはいけないこと。
見据えなくてはいけない問題。
一人前の大人として知らなくてはいけない事実
日本人として考えなくてはいけない義務。


そんなものから、目を逸らしたまま
私は他愛のない内容の活字を傍に置いて、実は少し焦る自分を誤魔化す。


怒涛のように押し寄せ返す世間を端で傍観しながら
揉まれている気分でグッタリする毎日。


そんな時、他愛のない本は癒しになる。
と、思いこむ。



あぁ


「ねぇ、世界は回るかも知れないけど…」

君が言葉を選ぶようにちょっと言い淀む。


「知らない事は幸せかも知れないけど」

「楽しいこともきっと見逃してるよ」


「そうね…そうかも」


「だから今度、ふたりで旅行に行こうか。」
「どこに?」
「どこかに、何も決めない旅。スリルがあるよ。泊まる所があるかさえわからないからね」
「宿を探す時間を観光したほうがいいんじゃない」
「時間の無駄?」
「うん」
「その本より無駄じゃないと思うけど」
「イヤミ」
「言ってみたかっただけ、ねぇ…旅行行こう」
「なんで?」
「一緒に色々観たいから」


君は、何故だか積極的で気持ち悪い。
「何かあった?」
「別に特別にはないよ」


と、いう事は何かあったのか…。
話してくれたらいいのに。

不満そうな顔を私がしたのだろう、君が言う。
「聴いてくれるだけなら話すけど、一緒に悩んでほしいわけでも悩んでいるわけでもないから」


君は、いつも私の考えていることが解るんだね。

君が言いたい事は分かってる。
他人の悩みを抱え込んでる余裕あるんなら、自分の中に踏み込めって言いたいんでしょ。


分かっているけど

後少し。


私は此処にいたい。
どうしても、この場所を離れないといけない時は、君が合図して。

「旅行、行ってもいいよ。その代わりホテルと帰る日は決めてね」


それまで
私は、この他愛のない活字を傍に置いておくから。

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