白昼夢

□鍵
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彼女はとても器用だ。
そして、彼女はとてもしっかりしている。

何よりも、とても合理的に行動できる。
いつでも魔法のように物事を進めて行く。


丸い小さなボビンから糸を一筋解くと、ぱしっと音をさせてしごく。
小さな穴に難なく通してしまえば、後は難しいコトなど何もないとでもいうよう。 

大きな白いシャツに小さなボタンを丁寧に縫い付けてしまうのに所要時間は3分とかからない。

手元を見ていると、あっと言う間にくるくるとボタンの周りに糸を巻き付けると何時の間にか留めてしまっていた。

「出来たよ」

シャツが翻って上半身裸の俺の目の前に腕を通せるように広げられる。
自然で流れるような動きに、無意識のウチにそのシャツに腕を通して彼女に着せてもらっていた。

「ありがとう」

ボタンを全て留め終えると急に恥ずかしくなり、顔をゴシゴシとこする。

「あ〜えっと、えーっと」

「はい」

腕時計が目の前に差し出され、何か言おうとしていたのを諦めてソレを腕に絡ませる。
次に彼女が取り出したのは薄手のグレーのサマーマフラー。
職業柄クーラーからも喉を労わらなければなぁ...なんて考えているとぐるぐると彼女が首に巻き付けてくれる。

「ほら、ぼーっとしないの」

軽いジャケットを渡され今度こそ自分で袖を通す。

「うん、ごめん」
「ハンカチは左のポケットに入ってるからね」
「うん、ありがとう」

携帯もった?なんて母親みたいなコトを言っていた彼女が時計を見て、急に黙り込む。

「もう、行かなきゃ」
「うん...」

頭ひとつ分小さい彼女の表情は、俯いてしまうと全く見えない。

柔らかそうな髪を指でかきあげて、耳に掛けるとその指に頬を擦り寄せてくるのがなんだか可愛いくて指の甲で、そっと撫でる。

「終わったらすぐ帰って来るから。」
「うん」

ほんの少しの沈黙。
頬を両手で挟んで、上を向かせようかと思案していたら彼女の姿勢が突然シャンと伸びる。

下心がばれたのかと思いビクッとしてしまった。
「大変。もうこんな時間。」
急いで。なんて背中を押されて玄関に向かう。
何だろう?
なんか、いつも彼女のペースだ。

靴を履いて振り向くと、いつもの笑顔。
ふわりと暖かいその空気ごと抱きしめて、吃驚しているその唇を塞ぐ。

ほんのり甘い香りの彼女から離れてしまうのが惜しいけど、ここはグッとガマン。

「行ってきます」

「いってらっしゃい」

ドアノブに手をかけた俺に思い切ったような声が動きを止めさせる

「ねぇ」

振り返りながら、コトバの続きを促す。

「そろそろ、お互いに鍵を一本にしない?」

言葉の真意がすぐに理解出来ず、ポカンと口を開けて立ち尽くす。

そんな、空気を悟って彼女は困ったような笑顔で少しだけ首を傾げて見せると

「考えてて」

と、グイと背中を押すとドアから俺を押し出した。

えっと、それはその......。

一歩二歩三歩......そこで、振り返ると足早に出てきたドアの元へ戻る。きっとまだドアの向こうに居る彼女に答えを返す。

「俺も...俺もそうしたい」

ほら、やっぱり彼女は魔法のように俺の背中を押してしまった。
きっと彼女は、ドアを開けて俺にはにかみながら言うんだ。

「ありがとう」って。

02062010
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