白昼夢

□小指
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「冬が終わっちゃうね」

前髪が邪魔で君の表情はよく見えない。
ブローしただけのフワフワの黒い髪は、ずっと前からの君と何も変わらない。

寄り添うほどでもなく、僅かに腕が触れ合う程度の距離は、俺たちの関係を表すようだ。
誰にも知られてはいけない、俺たちのお互いの気持ち。
それでも、抑えきれない暴れる心をそっと宥めるように、君の腕が僅かに俺の腕に触れる。
何枚もの布を通して、伝わる温もり。

「ふゆが終わっちゃうよ」
「そうだな」

緩む空気、霞む淡い青空。
春が、もうすぐ側までやって来ている。
あと、ひと月もしないウチに桜の開花の声を聞くことになりそうだ。

少しだけ腰を浮かせて、君が2センチくらい近づく。
もっとこっちにおいでと、肩を抱き寄せたい気持ちを抑えて、組んでいた指を解き、体の横に手をつく。
そうすると、同じようにベンチに手をついている君の小指と俺の小指が繋げる。

布を通さない、君の肌は冬の空気で冷たくて、堂々と手をつなげないことがもどかしくなる。

「また、冬が来るまでこんなこと出来ないね」

君が繋いだ小指を少しだけ動かす。

「俺は、構わないよ。いつでも」
「......。」
「どんな風に見られても、平気だし。困る事ないですし」

君と違って、君以外無くすと困るモノなんてないから。

「いじわる」
「そうですよ。俺は意地悪だから。」

君をずっと解放できないでいるんだ。


春が君を連れて行こうとしている。
君の季節は今も一刻一刻と巡り、俺を引き離そうとしている。

「俺は、ここで抱きしめても、構わないんだけど」

君の表情はよく見えない。
ずっと変わらない、フワフワの髪で俺とは違う未来を見つめる眼差しを隠すから。

俺は、まだあの夏に取り残されたまま。
グレイに色褪せて行く、その先ばかりを見つめていて、一歩も進めていないのに。
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