夢境

□アナタへ(1)
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私はきっと


いつまでも
いつまでも
この片思いを続けて行くね


あなたに
会えなくても
あなたの
声を聞けなくても
あなたに
触れられなくても
あなたが
けして見てくれなくても



私は
いつまでも
いつまでも

この片思いをやめることはできない




昨日、夢で会ったあなたは
目を合わせてくれなかった
会いたくて
会いたくて
会いに行ったのに
疎ましいと背中が語っていた





「先輩、先輩!この書類サインがぬけてますよ。」
バタバタと駆け込んだ研究室の隅の机で何時ものようにアナタはタバコをくゆらせる。

「あぁ?お前、代わりにサインしといてくれたら良かったのに」
面倒くさそうに、振り向くと相変わらず眠そうな表情で書類を受け取る。
「そんなことしたら、公文書偽造です」
「冗談だよ。」
「冗談にきこえません」

アナタの眠そうな表情は不機嫌そうであまり知らない人は常にも怒っている人と思われる。


でも、本当のあなたは明るくて面倒見がよくて
ちょっとお人好し。

抱え込まなくていいものまで抱えて、抱えきれないものは背中に背負い込んでしまう人。



タバコをくわえたままでボールペンでサインを書くと私の手を掴み書類を乗せる。

「よろしく。」


にこやかに、言い渡されると言うことをきけない訳がない。

掴まれた手は、痺れる程に熱くて
涙が出そうになる。


アナタが好きなんです。

言いたくて
言えなくて


胸が苦しい。


「…っもう、仕方ないですねぇ…」
「サンキュー」


ちゃんと、面倒くさそうな顔できているだろうか?

私の顔は赤くなってないだろうか?


涙目になってないだろうか?


怖い、知られたら怖い。
アナタを想う気持ち。
アナタに知られたくない。



軽蔑されたくない。
大好きなアナタに嫌われたくない。


急いで、でも


振り払わないように
落ち着いて。

掴まれた手を離す。


走り出したい気持ちを必死で抑えてドアへ向かう。
ノブに手をかけた時、やっぱりアナタが声をかける。

「帰り、コーヒー頼むなぁ」
「もう、自販機すぐそこなんですからそれくらい自分でしてください」


呆れた顔を作って、振り向いてみるけど…うまく出来ているのかな?


私には、夫がいる。
けして、冷え切っているわけではないし、喧嘩が絶えないわけでもどちらかが浮気をしているわけでもない。
夫を愛しているし、きっと愛されていると思う。
ただ、私がアナタを好きなだけ。


出逢った時、アナタには奥さんがいて
大切な娘さんがいて…。


恋愛対象外だと思っていたし

好きになるなんて想像もできなかった。
無愛想だし。
「おまえ」って言うし。
煙草を吸うし。
いつも面倒くさそうだし。


全然魅力的じゃなかった。



なのに、あの日。
ものすごく久しぶりに喘息発作を起こした。

もう、一年くらいそんな事が無かった私は半ばパニックになりかけていた。
吸入を持ち歩く癖もいつの間にか忘れていて、スタッフもあまり使用しない非常階段で座り込んだまま動けないでいた。

しばらくそのままでいればじきに落ち着くと言い聞かせて、ゆっくりと呼吸を繰り返していた。

そうしていたら、アナタが非常階段に現れた。

「おまえ、大丈夫か!?どうした?気分悪いのか?」
青ざめたアナタの表情。
背中を丸めて階段に伏せていた私を後ろから抱えて意識を確かめる腕は力強くて安心する。

「だぃ…ぶ…ですっ…いじょ…ぶ」

うまく息が吐き出せず、言葉が切れ切れなのが悔しい。

意識がしっかりしているのを確認すると片手は背中に手を当て、片手は私の脈を確認した。


背中に当てられた手は大きくて温かくて。
手首を掴む指はかすかに震えていて。


少しずつ、少しずつ。呼吸が楽になる。

「おまえ、こんな喘息持ってんならちゃんと薬くらい持ってろバカ」
言葉は、相変わらず乱暴で思いやりなんか感じないはずなのに、全身の力が急に抜けていった。
「バカって…言わないで…ください、よ。」
少し息はきれるけど発作は収まっていた。
アナタが止めてくれた。
アナタの手で
アナタの言葉で

助けてくれた。


それは、あくまでもきっかけだったけれど
確実に私はアナタに惹かれていった。

それでも、気づかないようにしていた。
アナタを好きになって行く自分に。
アナタを目で追う自分に。


気づきたくなかった。
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