テニプリ長編

□僕らを形成する十の元素。
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だから彼は私に似ていると思ったのだ。似ている。酷似とはいかないまでも、合致とはならないまでも、相似だと。擬似的な何かを感じさせる、存在だと。本当に、初めから。あの昼下がりの邂逅からずっと。私はそう感じていた。私はそう思考していた。

あの態度あの考えあの所行あの生き方。全てが。過去の自分と、羞恥無しには語れない幼い時分と、似ている。重なる。どうしても。

皮肉屋で気分屋で身勝手で向上心と闘争心に塗れた、傲慢で残酷で滑稽で狡猾で横暴で横柄で無情で非情な、他者の苦しみや痛みを厭おうともせず、全てに対して嫌悪や憎悪ばかり向けていた、利己主義で排他主義な、稚い私に。似ていると思った。コートの上で、瞳を深紅に染め上げ、暴虐の限りを尽くす彼を知ったとき。

そして同時に嫌悪した。己のプライドに負け、誇りを貶める行為しかできない彼が、他者に辛苦を与えることを喜びとする彼が、あまりにも、私に相似で。

同族嫌悪。一言で纏めるならばまさにそれなのだろう。似ているからこそ厭い、忘れたいからこそ憎む。置いてきたはずの過去を、彼はまさにその存在すべてで、体現しているから。壊したはずの鏡。割れたはずの、写し身。

――――ああ、確かに。確かに、こうやって一から思慮してみれば確かに、赤色の言うとおり、ひどく子供じみた、行為だったのかもしれない。挑発して馬鹿にして皮肉って。私も私で、稚拙だったのかも、しれない。切原赤也は切原赤也、桐崎千和は桐崎千和。まったく別個な個人だというのに。

「――――笑える話だよ、本当に」

自嘲のように、ひとり呟いた声は誰に聞かれることもなく、静寂の中に溶けてゆく。グラウンドやテニスコートから離れた校舎裏はほぼ無人で、なんとも言えない異様な冷涼さがある。

熱中症になりかけているあの海藻は、かならず水分を補給するはず。ならば彼が目指すのは、言うまでもなく水飲み場。推測し、進む。休むことなく歩き続ける。決別、するために。成算、するために。


あの生意気な二年生エースに、私の考えを余すとこなく、一から十まで、全てぶつけるために。





















「(ふざけんなよ、あの女)」

地面を蹴り、俺は先程振り切った女のことを思い出していた。何度拒絶しても何度暴言を吐いても何度睨みつけても、表情も態度も何ひとつ変えず、真っ直ぐ俺を見据えてきた女。普通の奴なら、特に女ならば、恐怖で近寄れない赤目モードの俺にも決して物怖じせずむしろ嫌悪感を示してきた女。今までの常識が通じない、女。普通だったことが、普通じゃなくなる。平穏が、不穏に変わる。―――――異質。

そう、まさに異質、なのだろう。異質、異常、異様、異形。だからこそこんなに、苛立たしいのだろう。だからこそこんなに、腹立たしいのだろう。何もかもが、俺の思い通りにならない存在だから。プライドを、逆撫でされるから。そう思考して、先程女が触れた額に手を当てる。ああ、確かに、熱い。

(――――知るかよ)

そう。知ったことじゃない。あの女に弱みを見せるぐらいなら、こんな熱さなど、耐えてみせる。この程度の苦しみなど、どうとでもなる。水分だって少々温いが水道水で補給すればいいのだ。マネージャーなんていなくとも、補える。だから絶対に、あんな。俺のことなんて知りもしないくせに、理解したような台詞を吐く女に、弱みなんて見せてたまるか。誇りだなんだ言っていたが、どうせスポーツマンシップに反するだの道徳的に間違ってるだの、所詮は女子特有の、弱肉強食の勝負の世界を知らない、弱者の戯言だ。世迷言だ。妄言だ。人を傷つける行為を盲目的に悪とみなす、偽善者。どんなに理由を後付けしようとも、あの女も結局、俺を否定するだけの存在。幸村部長も丸井先輩も、どうしてあんな女の肩持つんだか――――――、と。

そこまで考えたところで、耳に誰かの声が届いた。笑い声。つまりは複数で談笑しているらしい。何故だか気になって、音源をたどる。と、そこには俺の目指している水飲み場で楽しそうに会話する三人の男子の姿があった。まあそれだけならば別にどうということはない。立海は部活動に力を入れている学校だし、テニス部以外にも朝練をしている運動部文化部は山ほどある。不思議な光景ではない。しかしアイツらの顔には見覚えがあった。二年生だ。クラスまでは知らないが、確かに見覚えがあった。何故か。

俺と同じ部活だからだ。平部員だし、平々凡々な実力だし、特に気も合わないし、興味も認知度も薄いから名前までは覚えていないが、確かに、テニス部員だ。

だが、それならば何故。何故アイツらはこんな所にいるのだろう。俺はあんな女の作った物なんて飲めるか、という特殊な事情で此処に来た。しかしそんな事情の奴がそうゴロゴロいる訳もないだろう。アイツらが桐崎千和のことをマネージャーとして認めているか否かは知るところではないが、少なくともドリンクを受取拒否するほどに嫌悪しているとは思えない。容姿だけは完璧な女だ。黙っていればそうそう敵はできない。(性格に問題がありまくるからこの仮定は土台無理な話なのだが)

もう一度、談笑に花を咲かせる奴らの顔を見る。汗ひとつ、その額には浮かんでいなかった。先程まであんなにもハードな練習をしていたのに、だ。

――――――と、すると。ここにいる理由は、ひとつだろう。

「(サボリかよ)」

ちっ、と舌打ちをする。全国大会前だというのに、なんという怠けた連中だ。真田副部長じゃないが、たるんでる。

自然、漏れる溜息。注意なんて優等生じみたこと、柄じゃないが、仕方ない。テニス絡みとなれば、話は別だ。大きく息を吸い込んで、大声を出す準備をする。ああいう手合いには一発ガツンと言ってやらねえと、まあこれも、次期部長の務めっつうかなんつうか「なー、この前の切原の態度、どう思うよ?」


――――――ぴたり、止まる。突然俺の名が会話に飛び出し、過剰なくらいに、反応してしまった。

…………この前?いつだ?突然議題に登った俺の話題に、使命感を削がれ、不信感が湧く。いつの間にか、聞き耳を立てている自分がいた。奴らは俺がいることにも気づかず、未だ話を続けている。真ん中の茶髪の野郎が持ち出した話題に、両サイドの二人は、合点がいった、というような顔をみるして頷く。

「あー、あれか、この前のミーティング」

「そう、それそれ。毎度毎度のアイツの遅刻癖にもうんざりだったけどよー。あの生意気な態度もどうにかしてほしいよな」

「マネージャーなんて認めねえよ、ってやつだろ?さすがになあ。確かに俺らもミーハーなマネージャーなんてまっぴらだけどよ、アイツは感情表に出しすぎ。部長の決定なんだから素直に聞いてろっつうの」

「はっ、ほんとほんと。つーか、アイツ危ねえ奴だよな。赤目とか、マジおっかねえ」

「でもあれやんなきゃ勝てねぇんだろ、ああやって相手痛めつけて動き止めなきゃ、さ」

「そこまでして勝ちたいのか、って話だよな。俺はあそこまでできねぇな」

「スポーツマンシップってやつに則ってこその勝利だろ。あれやれば俺だってレギュラーになれるっつの!」

「俺も俺もー!普通に試合すれば切原に負ける気なんてしないしー」

「あっははは、だよなー」

ぎりり、と。爪が手に食い込む音がした。血が滴る。赤。赤。赤。赤。赤赤赤赤赤赤赤赤。だめ、だ。ここで、アイツらを、殴ったら、マズ、い。大会前に、暴力沙汰は、まず、い。耐えろ。耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ。

「ってゆうかー、俺桐崎さんも気に食わないんだよね」

「は?なんで?芸能人ばりの美人だろ?細いしちっこいし。守ってあげたい系の」

「んー、でも性格悪そーじゃん?現に切原に突っかかってたし。普通の女の子のやることじゃねーって」

「あー、確かにな。ひねてそうだよなー。分かる分かる。でも幸村部長も信頼寄せてるみたいだったぞ?」

「だからあれだろ、取り入ったんだって。外見をフルに利用してさ、くく」

「なっるほどー!色仕掛けね!!でもあの子胸まな板じゃんよ!」

「はっ、お前ら女子にも容赦ねぇなー」


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