テニプリ長編

□胸の最奥に届く歌。
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黒い黒い黒い黒い。どれだけカフェインを入れたらこんな色になるのかというぐらいに黒い、地獄の底のように漆黒なコーヒーを、少しの間だけ睨み付け、一気に飲み干す。喉がちりりと焼け付き、なんとも形容しがたい苦みが咥内全体を満たしたが、眉をしかめるだけにとどめる。美味しくはないむしろまずいだろうと分かっていて飲み干したそれだったが、なんというか、うん、予想以上に悲惨な味だった。

「………目、覚めた」

確認するように呟く。この強烈な苦味は私に功罪をもたらすものだったから。

朝は、苦手だ。基本的に夜型な私は、早寝早起きとかいう言葉とは無縁の生活を送ってきた。それらを咎める存在は、幸か不幸か私にはいなかったし、この生活リズムを改善しようなんて考えは特に沸かなかったから。

しかし。中学二年生、二学期。未だ夏の名残がある九月。私は意図せずして自堕落ライフを健康生活に移行しなければならなくなった。なぜ、と考えるけれど、遡るまでもなく、かの迷惑集団立海大付属中テニス部のせいなわけで。特に部を牛耳る魔王様のおかげで、私はマネージャーなどという役職についてしまった私は、早寝早起きを余儀なくされているのだった。

―――――ああもう、なんていうかなあ。柳先輩にあんなこと言うんじゃなかった、なあ。もうじたばたしても仕方ないし心決めるか、と思ってうっかり『全国制覇してくださいね。』とか口走った結果返ってきたのが、『それなら明日から朝練の方にも参加できるな?』なんて台詞だもんなあ。やりきれないというか、ふざけるなというか、

「………めんどくさ」

私って部活に精を出す青春キャラじゃないはずだけれど。吐かれた溜息と独り言を合図に、私はクローゼットをゆっくりと開いた。
























「おー、千和ー。はよー!!」

「おはよう、ございます」

早朝だというのに快活かつ溌剌に部室のドアを開け、挨拶をしたのは赤色。ドリンクを作る手を止めて軽く会釈し、私も朝の挨拶をした。なんというか。その元気をほんの少しでいいから分けてほしいです丸井先輩。

――――――――前述したように、立海テニス部の朝は早い。加えて練習量の過密さといったら、まさに筆舌し尽くしがたいものがある。まあつまりは確実に多大な疲労感が伴うわけで。にも関わらずはじけるような笑顔を振り撒く丸井先輩は流石だ。私には到底真似できそうにない。体力には自信あるのだけれど、いかんせん睡魔に対抗する術はない。それを証明するように、小さな欠伸をまたひとつ。すると丸井先輩は呆れたように笑った。

「ははっ!眠そうだなー、千和」

「……"今まで"私の辞書に早起きという文字はなかったもので」

さりげなく嫌味を言ってみた。しかしそれに気付かなかったのか気付いた上での行為なのか、彼は私の嫌味を華麗に避けて、『無いならつくれ!!!んで、代わりに偏食と絶食という文字を捨てろぃ。』と宣った。……………………。

「余計なお世話です。……………デブン太先輩」

「!?てめっ!!?今小声でなんか言っただろ!?」

「いえ、なにも。先輩はもう少し糖分塩分その他諸々の炭水化物を控えるべきだと思っただけです」

「それ遠回しにデブって言ってんじゃねぇかよぃ!!」

さしもの彼も悪口は聞き逃さなかったようで、顔を少し赤くして怒鳴った。いやデブとは言ってませんけども。それに彼は外見だけ見れば肥満なんて言葉とは結び付かない体つきをしている。しかしその実態は10センチ近く身長に差がある仁王雅治と体重が同等という残念なものだ。ふと思い浮かぶ不健康そうなあの銀色。…………あ。朝から鬱な気分になってきた。

そんなふうに意識を飛ばす私をよそに、丸井先輩は納得のいかないような、不満げな表情を浮かべていた。なんだろう。そんなにさっきの悪口が不快だったのだろうか。

「………千和」

「はい?」

「……お前、痩せてるヤツが好みなのかよぃ」

「……?いえ?べつにそんなことはありませんが。今時外身より中身ですよ」

「……!そ、そっか!!そうだよな!!まあ俺は中身も外見も天才的にかっこいいけど「おはよーございまーっス!!!」

唐突に声がした。丸井先輩の台詞を遮って、彼に負けないくらいに溌剌な朝の挨拶が部室に響いた。台詞を被せられた丸井先輩の顔が露骨に歪む。

私といえば。少しの間停止して、ゆらりとドアの方へ顔を向けた。その声の主が誰なのかなんて分かっていたが、朝の挨拶は人としての礼儀だ。一応返さなくてはいけない。例えどんなに嫌悪している相手でも。

「―――――おはよう、切原赤也」

にこりと。口角だけ上げて微笑む。目が、一瞬だけかちりと合った。冷徹な、悪魔と呼ばれるに相応しい、冷め切った瞳と、私の瞳が。が、視線が合致したのは本当に一瞬で、次に瞬きした頃には彼の顔は丸井先輩に向いていた。しかも私には見せなかった満面の笑顔で。

――――――露骨に避けられてるなあ。いやまあ別に傷ついているわけでも罪悪感があるわけでもないけれど。

「"丸井先輩"、相変わらず早いっスねー」

「……お前が遅いんだろ、幸村くん激怒してたぜ」

「げっ!?部長が!?うっわ、殺される!!……じゃ!お先に!!」

そう言って彼は乱雑に荷物をロッカーにほうり込んで、慌ただしく出ていった。遂の一度も、私とは会話を交わさずに。

ふむ、まさに冷戦。まるで他人事のように観察する私を尻目に、丸井先輩は盛大な溜息をついた。肺いっぱいに酸素を溜め込んだのではないかというぐらいに、盛大な。…………えええ、なんであなたがそんな陰欝そうな顔してるんですか。

「丸井先輩?」

「…………なんつーか、お前らさあ……」

「はい」

「………いつまでこんな気まずい関係でいるわけ?」

「え、最大限普通に接してますが」

「どこが!!?……赤也も赤也でガキだけど、千和も千和だっつーの!」

呆れたように、彼はそう叫んだ。そしてまた溜息。

…………ううむ、なんかすみません。乱暴な言葉だったけれど、この人が私のことを心配してくれていると、すぐに分かったから、心の中で謝罪する。

確かに、間に挟まれている丸井先輩―――――他の先輩達にしてみればいい迷惑、というか気まずいことこの上ないだろう。けれど、けれども譲れないことが、ある。どうしても譲れない、生き方が。

「………駄目なんですよ」

「は?」

「こういうのは、うやむやで終わらせちゃ駄目なんです」

「…………」

「お互いがお互いを気に入らない。それは揺るがない事実。だからといって妥協した上辺だけの友好関係を築いても、生温い絆しかつくれないでしょう」

「…………!」

「そういうの、いらないんです。私はどうせなら《本物》が欲しいので。………切原赤也がどう思っているかは知りませんがね。――――まあ、なるようになりますよ」

最後に小さく笑って、完成したドリンクをひとつずつカゴに入れていく。うん、まあこんなもんかな。初めてにしては上出来だ。というかこんな朝早くに来て苦労して作ったのだから、文句は一切受け付けません。勝手に自己完結して、私も部室を後にしようとした、が。突然頭に手が置かれた。この部屋には私と丸井先輩しかいないから、勿論彼の仕業なのだが、行動の意味がわからない。なんですか、と言おうとしたが、すごい勢いで撫でられてしまって、言葉に詰まった。

…………ちょ、髪型崩壊したんですけど。



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