テニプリ長編

□四面楚歌シンドローム
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「ボトルは一番上の棚、ドリンクの粉末はその棚の真ん中、タオルはこの中だ」

「……、………はい」

「洗濯機は外。洗剤はあの黒色の棚。救急箱は常時ここに入っている」

「…はい」

「………とりあえず主な道具は以上だな。何か質問はあるか?」

「いえ」

「……では、ドリンクの粉末はどこにある?」

「そこの棚の真ん中」

「ふ、流石だ」


照り付ける日差しをものともしない、冷房の効いた冷涼な部室内。落ち着いた面持ちの和風美人が微笑と賛美をひとつ。彼に――――つまるところの参謀・柳蓮二に褒められるのは、少しばかり心地良かった。

先日の一悶着から23時間17分49秒、今日からようやく本格的なマネージャー業が始まるらしい。こういった類の仕事には慣れない私に、彼がしてくれた事細かな説明は流石に分かりやすく具体的で、今すぐにでも実行できそうだ。さすが参謀。素直に感心。していると彼は慣れた手つきでボトルとドリンクの粉末を取り出し、テーブルの上に置いた。

「次はドリンクの作り方だな」

「ドリンクですか」

「ああ……。最終的には各々の好みに合わせた配合ができるようになるのが理想的だな。……まあ今日は初日だから、基本的な作り方だけを教え「いえ、いいです」

彼の言葉を、遮って制する。柳蓮二は予想外だったのか、閉じられているその目を、少しばかり開いた。……最近こうやって人の発言を遮断してしまうことが多い気がするなあ。多少反省。しかし反省しつつ、にやりと挑戦的な笑みを浮かべた。

―――――だって、さあ。そんな言い方されたら、負けず嫌いの悪い癖が、出てしまうじゃないですか。

「各々の好み、ってやつ、教えてください」

「……できるのか?初心者には難しいぞ」

「んー、…………善処します」

「…マネージャー業は、不本意だったんじゃないのか?」

くすりとからかうように、彼は柔らかく微笑。その動作があまりに中学生には似つかわしくない優雅なものだったので、一瞬停止。

…………んー、この人なにもかも分かった上で聞くから性質悪いよなあ。なのに、それでも何故か、憎めない。彼独特の、落ち着いた暖かな雰囲気のなせるわざなのか。そんな考察を一瞬してから、わざとらしく、長考するようなポーズをとる。顎に手を添え、唸ってみせた。

「………不本意、不本意ねえ………、それは、まあ……、正直言って、大変不本意ですよ。非常にいい迷惑です、けど………………でも、まあ。今更じたばたしてもしょうがないかな、って。ちょっと達観しました。………どうせやるなら半端は嫌だし、あなたたちの足を引っ張るのも、癪ですから。昨日切原赤也にも偉そうなこと言ってしまいましたしね」


にこり、と。今度はこちらが微笑してみせる。そう。半端は、嫌だ。足を引っ張るのも、癪。

正直言って、私を無理矢理巻き込んだテニス部のメンバー全員を好意の対象として見ることは、まだ出来そうにない。出来そうにない、が、彼らがどんな思いでテニスをしているかは、理解しているつもりだ。常勝という重み、王者としての誇り。いっそ押し潰されてしまったほうが楽かもしれないほどのプレッシャーに苛まれ、それでも全国制覇を気高く目指す。常人にはけっして真似できない、崇高な軌跡。その過酷さと難行さは、上辺だけだとしても、理解しているつもり。だというなら。どうして私がその栄光の邪魔をできようか。


「――――だから絶対に、三連覇を成し遂げてください。あなたたちの純粋な強い意志の前に、困難となるものはもう何もないのだから」

静かに、けれど厳かに言う。静まり返った部室には、私の声しか響かなかった。無音。二人の人間が存在しているというのに、無音。柳蓮二は、何故か何も言わない。沈黙を守り通していた。

いや、沈黙しているだけでは、ない。開眼、して、いる。………え、うわ、うそ。初めて、見たんですけど、開眼。ファーストコンタクトから今にいたるまで閉眼し続けていた、彼が。

しかも、しかもあろうことか、見開いている。ただ開けているだけではなく、驚愕しているように、瞳の黒目を小さくしているのだ。…………えええ、なに、どうしたんです、か。怖いんですけど、魔王並に怖いんですけど。私何か不都合なこと言いました?心辺りは……………なくもないな。

「えーと……、参謀?」

「…あ…ああ、いや………すまない。少し、驚いてな…………、いや、納得もしたのだが」

「?」

「未だ釈然としなかった。ずっと、悩んでいたが………しかし……そうか………今なら分かる」

「……?」

「精市が何故お前をあんなにも気に入って、あんなに必死になってマネージャーに推したのか、な」

…………何故私をマネージャーにした、か?…………そんなの、からかいがいのある玩具だと思ったからじゃないですか、と遠い眼をしてぼやいたら、柳蓮二はこれまた愉快げに笑って、『意外と鈍感なのだな。いいデータが採れた。』と一言。

……………どの辺がいいデータ?

「……参謀。何の話なのか、いまいちよく「柳だ」……………え?」

「蓮二と呼べ、と言いたい所だが、お前は誰に対しても名字呼びのようだ、妥協しよう。………これからは柳と呼べ、フルネームや二つ名で呼ばれるのは勘弁だからな」

「………柳、先輩」

「なんだ?、千和」


頭に、大きな掌の、あたたかい感触を感じた。一瞬世界が煌めいて、輝く。ふ、と笑う仕草は、ひとつしか歳の差がないとは到底思えないほど、大人びたもので、驚いて、すこし憧れた。丸井先輩とは違う種類の憧れ。いつか私もこんなふうになれたら、と。そういった種類の。…………なんだか、彼のことは、好きになれそうな気がする。

「……今後とも、よろしくお願いします」

「………ああ。手始めに、まずはドリンク作りからだな」


試行錯誤の連続だけど、とりあえず進んでみようかなあ、とか。







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