テニプリ長編

□Explosive Situation
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「桐崎千和、二年です。不本意ですが、今日からマネージャーになりました。正直あまり宜しくしたくありませんが、一応建前で――――よろしく」

自己を紹介する気があるのかないのか、そんな疑念をぶつけたくなるほど、拒絶を全面に押し出した挨拶。テニス部部員への挨拶。部室での挨拶。不本意極まりない挨拶。当然ながら、あんなやる気のない自己PRを静聴して微笑む人は一握りで。本当に雀の涙ほどで。実名をあげるなら、幸村部長と仁王雅治。前者は真っ黒な微笑。後者はニヤリと妖笑。…………どちらも気分のいい笑みではないというのは、あえて特筆しないけれど。

そして。そして、必然、その他大勢は未だ停止と呆然を続けているわけだった。愉快なほどに。下手すれば笑ってしまいそうなほどに。そんな、どうしようもないほどに冷めきってしまった空気を打破したのは、流石というか、幸村部長だった。

「――――まあ、そういうことだから。多少聞き捨てならない節があったけど、概ねそういうこと。彼女が今日から俺達のマネージャーだよ。レギュラーも平部員も、遠慮せずこき使ってやって。従順に働くから。―――――――じゃ、ミーティングは以上。各自練習に戻って―――「待て幸村!!」

怒声。聞き捨てならない台詞を吐くのはどちらですか、と突っ込もうとしたが、それよりも早く、制止が入った。いや、むしろ幸村部長の台詞に、被せた。……………なんて命知らずな。私でもそんなことはしないよ。そんな馬鹿なことはしないよ。いっそ尊敬して、声の主を見れば、これまた有名所。厳格な顔立ちに、黒髪、そして髪色と同色の帽子を被っている。

皇帝、真田弦一郎。副部長であると同時に、幸村部長、柳蓮二を含む立海三強の一人。敗北をけして許さないという触れ込みの厳人が、そこにいた。幸村部長を鋭い視線で見つめている。そしてその視線の中で、時々こちらに一瞥をくれる。

――――――零度の一瞥を。

「マネージャーを入部させるなどという話、俺は一言も聞いておらんぞ!」

「だから今言ったんじゃない」

「……いや、聞いたとしてもだ!!…女子のマネージャーを入れるなど、俺は納得できんぞ!仕事をしない可能性が否めん!……まして、このようなやる気が皆無の輩を……!」

彼の言い分は間違いではない。むしろ正論だ。反論の余地がないほど正解だ。ならばもしかすると…………このままいけば、マネージャーの話反古になるんじゃないかな。このまま真田弦一郎が押し切ってくれれば、私はマネージャー不適格ということで、退部できるのでは。

うわ、ちょっと希望の光見えてきた。貶しめられた事実より、明るい未来のはうが光る。ざっと観察したところ、平部員は彼の意見に賛成の様子。レギュラー陣は……、どうなのだろう。読みにくい。彼らとて幾度も修羅場をくぐり抜けてきた王者。簡単に感情を出すような単純な人間ではない。(………丸井先輩が真田弦一郎を不機嫌そうにぎりぎり睨んでいるのは、スルーだとしても)私が任命されることに反対なのか賛成なのかは、判断しかねる。しかねる、のだ。

――――――ただ一人を、除いては。




「うるさいなぁ。」

声、だった。ありふれた、音が響いた。どこにでもある、普通の。――――それなのに、何故なのだろう。こんなにドスが効いているのは。何故なのだろう、こんなに鋭利なのは。何故なのだろう、こんなに―――――真っ黒なのは。


「真田のくせに俺に意見するつもり?」

にっこり。そんな効果音がぴったり合うほどにこやかに。清々しく笑ってみせたのは、かの魔王様。一点の曇りもない、爽やかな笑みだというのに、どこか威圧的で、どこか脅迫的で、どこか虚偽的。………うん。一言で言うならば―――――――恐ろしいね。

「千和をマネージャーに選んだのは俺だよ。その決定に逆らうということは、俺に逆らうということだ」

「い、いやそんなつもりは……!ただ俺は部のことを思って「黙れ老け顔」

……………うわ、ひどい。ばっさり言ったよ。一刀両断したよ。真田弦一郎固まっちゃってるよ。彼も気にしてることだろうに。…………お悔やみ申し上げます。そんな、いっそ同情してしまいたくなるほどに残酷な暴言を皇帝に吐いた魔王は、その凛とした表情を崩さぬまま、部員達に向き直った。揺るぎのない、強い意志を思わせる瞳。迷いも懸念もない、まっすぐな。

「みんなにも断言しておくけど、俺は千和以外にマネージャーをやれる子はいないと思ってる。彼女以外に、マネージャーはありえない。この考えに不満や異議がある者は、遠慮なく名乗り出てよ。文句でもなんでも言ってくれ。………ただし彼女ではなく、俺に、だ。彼女を傷つけたり非難したりしたら、―――――許さないから」

普段温厚な部長が見せた、有無を言わせぬ絶対的な威厳に、硬直するテニス部員達。レギュラー陣も平部員も、分け隔てなく石と化している。ぞくりとした悪寒が、総じて走ったのだろう。しかしながら私は、彼らとは違う意味で硬直していた。

"彼女を傷つけたり非難したら許さない"って。…………あなたが言いますか。けだるい疲労感がのしかかる。はー、と溜息。ついたとところで、沈黙を打ち破る声がした。もうだいぶ聞き慣れた低音。銀の色の低音。

「俺は異存ないぜよ、幸村」

軽く手を挙げて、前に進み出る仁王雅治。飄々とした様子で、軽く口角を上げている。その容姿が、態度が、すべてが私を苛々させる。彼は私を腹立たせる天才なのではないだろうか。

「…………また私の平穏を壊しますか、仁王雅治」

「ククッ、そう睨みなさんなって。第一お前さんをマネージャーに推したのは俺じゃ。反対するはずなか。……それよりいい加減、そのフルネーム呼びやめんしゃい」

「…………」




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