聖域〜サンクチュアリシリーズ〜

□TEAR'S LIBERATION H-SIDE
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TEAR'S LIBERATION

       H-SIDE

 オレはaccessの、事実上の『解散』を承諾した。以前の事務所のスタッフがやたらと優しい。まさに、手のひらを返したようだった。その事務所と、今後のソロ活動の契約を交わした。
 『SCANDALOUS BLUE』の発売後、更にスケジュールはタイトになった。雑誌のインタビューや、ラジオ、テレビの出演、PVの作成、三部作最後のレコーディング………。
 目が回る忙しさとはこの事だと思った。三部作のコンセプト『純粋な感情・同性愛』をテーマに、必要以上に大ちゃんに接近して、撮影をする。
 彼はどう思っているのだろう。好きな相手に抱き締められて撮影されたり、かなり接近して演奏したり。
 動揺は全く見せなかった。プロ意識もあるんだろう。でも、撮影後すぐに、するりと抜ける様に身を離す。そんな彼が、いじらしかった。
 その想いに応えてあげられたら、どんなによかっただろうか。accessを離れても、永遠(とわ)を誓えただろうにに。
 休憩中や移動中は、あいも変わらず、下らない話で盛り上がって、目を見て笑い合っている。大ちゃんも残された日々を、楽しく過ごしたいと思っているようだった。オレもあと少しの時間を、彼と一緒に笑って過ごしたかった。
 神は、なんて残酷な審判を下したのだろう。
 形は違えど、お互いを思いあってるオレたちを、何故引き裂くのか。オレたちは、神の怒りを買う様な、禁忌を犯したっていうのだろうか?
 そう問い掛けても答えは返って来ない。
 残されたもう残り少ない時間、『access』という存在を大ちゃんと共に歩むのが生き甲斐だった。

 井上さんから上がってきた三部作最期の詞は、とても素晴らしいものだった。歌詞を見た時に、体が震えた。
 こんな風に笑い合えるのは、君とだけかもしれない。それは男と女の恋愛とは違う、もっと本能に近いものだ。

 『TEAR'S LIBERATION』のPVの作成に忙しかったあの日。
 恋に堕ちた人魚は、大切な者と重なり、姿を消した。恋をしていた者が、一番大切な者だと知り、抱き締めあい、別々のドアを開けて別々の道を歩いてゆく。
 大ちゃんと一緒に歌うシーンは、とても苦しかった。
 これが、彼と歌う最期の歌になる。アリーナツアーが終われば、もう彼の隣で歌を歌うことも叶わない。彼と見る夢、明日、はもう来ない。
 胸に熱いものがせり上がる。泣いてしまいそうだった。
 そして。
 大ちゃんとの抱擁シーン。瞳と瞳がぶつかり合った。彼の瞳は、天使の様に優しく穏やかだった。
 抱き締めた体は、薄くて壊れそうだった。ほんの数十秒。でもオレはそれがとても長く感じた。抱き締めた腕を離したくないと思った。
 曲の終盤、オレたちはドアの前で立ち止まり、顔を見合わせる。
 大ちゃんの瞳に、微かに涙が浮かんでいた。それは演技でもない、嘘偽りのない、涙だった。
 そしてまた、歩きだし真っ白な2つの扉を、それぞれ開けて、それぞれ別々の道を歩いていく。
 大ちゃんの涙が、抱いた感触が、切ない程痛くて、脳裏から離れなかった。
オレはこの時初めて、三部作の『本当の意味』を知った気がした。

 アリーナツアーは華々しく幕を開けた。流星群が輝く様に儚くも美しく。
 accessが無期限活動休止になる事は、ファンの子達は知らない。知っているのは、限られたお互いの事務所のスタッフとオレ達2人。
 悔いが無い様、今一番出来る限りの力を出して、ステージを魅せると、大ちゃんと約束を交した。
 オレ達がaccessを結成するきっかけとなった『COSMIC RUNAWAY』を歌った。絡むことも無く、お互い立ち尽くしたまま歌った。

――――今夜 君を さらって………

――――仕組まれた この現実から………

――――どこまでも 君を さらって………

――――求め合う 引力よりも スピードを上げて………

 こんな現実から彼を攫(さら)ったのなら、戸惑いがちにお互いを知り合った、あの日に戻れるならば、このまま攫ってしまいたい………。
 『明日』という日が、夢と希望と未来に溢れていた頃。お互いを求め合う引力が激しい程強かったあの頃。
 大ちゃんと知りあったあの日、全てがこうなる様に、歯車が動きだしていたのか。こんなにも苦しい未来なんて、知らなかったよ………。

 日替わりで変わるバラードは彼の為に歌った。楽しかった想い出も、嬉しかった想い出も、苦しい胸の内も、悲しい胸の内も。全て伝えたくて、オレは歌った。

 そして迎えた、アリーナファイナル。大ちゃんと同じステージに立つ、最期のステージ。
 ファンの子達の笑顔が眩しかった。切なかった。
 滞りなく進んでいく。大ちゃんに、アイコンタクトを送れば、笑顔で返してくれる。そんなやり取りも今日迄。
 この笑顔は、次は誰に向けられるのか………。恋じゃないのに。恋じゃないのに、心臓が破れそうな位にこんなにも胸の奥が痛いよ。
 君が、将来笑顔を向ける相手に嫉妬するなんて………。恋じゃない、恋じゃない………なのになんで。
 大ちゃんの事が大好きでこんなに辛いのは、同じ夢を追い掛けていた最高のパートナーを失うからだ。そう自分に言い聞かせる。今日が最期だって、解りきってた事じゃないか。
 そうしているうちに、三部作が始まった。
 ダンサブルな『DRASTIC MARMAID』が流れる。シンセブースに居る大ちゃんの顔は見えない。どんな顔で、どんな気持ちで、曲を奏でているのだろうか………。出来れば同じ気持ちでいて欲しいと思った。
 そして流れるメロディアスな『SCANDALOUS BLUE』。その切ないメロディがオレの気持ちを追い詰める。
―――――もう君なしで 歩けない……………

―――――心は 君を求めて………………

 オレの人生に大ちゃんが不可欠だったのを、思い知った。間奏の間、ステージを彷徨うよう様に歩く。君と、君の居ない未来に戸惑う、オレの心そのものだった。
 曲のクライマックス、大ちゃんに向かって歩きだす道は、茨(いばら)の道の様だった。踏み出す程に、君に近付く度に、見えない傷が足に無数に生まれて血を流す。漸(ようや)く辿り着いた君を抱き締めると、肩が、体が、儚い程に細かった。オレはこの時、魔法にかかっていたかもしれない。

――――儚さが 音たてる………

――――二人の夜に…Cause It's Scandalous………

その儚い肩から手を離し君から離れる………そして。
 抱擁をしてキスをする。
 何時もはフェイクキスだった。だけど、この時は………。
 でもこの時オレは、少しかさついた大ちゃんの小さな口唇に、本物のキスをしていた。何故なのか、理由も解らぬまま………。背中に回された手が、熱かった。
 そして、舞台は暗転する。大ちゃんのソロになる。
 オレは、大ちゃんを見つめたまま、舞台袖から離れる事が出来なかった。こんな小さな背中で、色々な事を一身に背負い、オレを、accessを守ってきたんだ。そう思うと、彼の背中が愛おしくて堪らなくなった。スタッフに『準備、急いで下さい』と言われるまで、大ちゃんから目が離せなかった。
 ソロが終わり、再び暗転すると、オレは定位置に立ち、曲が始まるのを待つ。
 アップテンポのミディアムバラードの『TEAR'S LIBERATION』。
 オレは後ろを振り返らずに、ただ真っ直ぐ前を見て。大ちゃんも前だけをみて演奏する。2人の視線は、決して交わる事が無い。明るくも切なく悲しいバラード。
 別々の道を歩む様になっても、忘れたくない、間違いたくない、オレたちが出逢った理由(わけ)を。
 何回も歌っていたのに、歌詞の一つ一つが鋭い破片となって胸に刺さり、身体中から見えない血液が溢れだす。
 声の限りを尽くして、オレはこの歌を歌った。

 三部作を歌い終えた後は、いつもの様に楽しいライヴへと戻る。
 悲しみを振り切り、今在る時間を彼と一緒に楽しんだ。
 全曲歌い終わった後、大ちゃんを見ると、その円らな瞳に涙を浮かべていた。ライトを浴び、キラキラと光るそれを見て、また得体の知れない愛しさが込み上げてくる。

 この感情は、何?
 
 愛なの?恋なの?それとも………。

 確かに大ちゃんは特別な存在。一緒に居ると楽しくて。お互いの違いに気付いて感心しあって。気持ちが安らいで。
 そして、同じ夢を見て、追い掛けてきた。
―――――好き、なのだと思う。愛しいとも思う。それは『恋』にも似た感覚で。
―――――でも『恋愛』じゃない………。だって、オレは、彼を抱く事は出来ないから。大ちゃんは同性だから。

 楽屋へ戻ると、大ちゃんは泣き腫らした瞳で出迎えてくれた。ライヴのキスの事は何も触れずに。
 手の平を差し出して、
「ありがとう、ヒロ。」
 それが大ちゃんの答えだった。オレは差し出した手を、強く握り返す。
「ありがとう、大ちゃん。これからも大ちゃんの事も、一緒に過ごした日々も忘れないよ。」

 そう。オレたちが出逢った理由(わけ)を、悲しみだけで終わらせない為に。
 別に一生会えない訳じゃない。ただ、隣で歌う事が出来なくなった、そういう事だけ。

 これから前を向いて、駆け出そう。後ろを振り向かずに………。

      《END》

*アフタートーク*

ヒロがぐだぐだですみません(´Д`)

ライヴの様子はDVDでの流れを思い出しながら書いてみました。もし、違っていましたらスミマセンm(__)m

どうやら僕は、連載より、1話完結でシリーズにするほうが向いているようです。

大ちゃんサイドの『ティアリベ』………上手く書けるかな(・・?)なんせ、トラウマですので…………。

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