聖域〜サンクチュアリシリーズ〜
□Prologue 1 H-SIDE
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Prologue―1
SIDE-H
君の気持ちには、薄々気が付いていた。君がオレを見つめる目が熱を帯びている事。目が合うとはにかんで笑い、目を反らす事。
その仕草も可愛い。幼さを含んだそのあどけない顔も少女の様で。触れたら折れてしまいそうな華奢な体つきも。
でも君は男性。オレと同性。
見た目がいくら少女の様でも、オレは女の子が好きだ。
だから、君の期待には添えない。友人、仕事上の、最高のパートナー。それ以上でも、それ以下でもなく。
頭のいい君だから、きっとそんな事お見通しなんだろう。だから、彼からのこの関係を変化させる、アクションは何もなかった。
一緒に居て楽しかった。どんなに忙しくても、顔を見れば、疲れなんか吹き飛んで、延々下らない話で笑い合っていた。君から注がれる視線も、寧(むし)ろ心地がよかった。
オレは、そんな意味で彼が大好きだった。
でもオレは、それに甘えていたのかもしれない。
それを実感したのは、事務所の社長に呼び出された時だった。
その時は、新しいプロジェクト、三部作が始動した頃。体が燃えて全力疾走する様な、目も眩むスピードでスターダムに上り詰めていたあの頃。
そんなオレに、事務所の社長から、その言葉は発っせられた。
「まだ内密な話なのだが………貴水くん、君との契約は更新しない。」
低く発っせられた声。最初は言っている事が解らなかった。
だって今は三部作の真っ只中だろう?『DRASTIC MERMAID』だって順調に売れている。年末には、初のアリーナライヴも待っているのに。
「な……何でですか?accessも順調にいってる筈です。三部作も好調に………。」
社長は溜息を漏らした。
「君は、ソロとして活動するのには、興味が無いかい?」
なんで?ソロって何だよ!?accessは、オレの大切な宝物だ。漸(ようや)く、自分の居場所を見つけたというのに。
「ソロ、ですか?今のオレ……僕にはaccess以外考えられません!!」
オレは社長に食い下がった。
「君の事務所……、あちらさんが、君を返してほしいとの事だ。それに、年明けには、浅倉くんのソロやプロデュースのオファーも入っている。」
今更、昔の事務所?accessが売れたから?それまで、見向きもしなかったのに………。
それに、大ちゃんにソロや、プロデュースのオファーが入っている話なんて知らない………。
大ちゃん………オレに内緒にしてたの?
「………その様子だと、浅倉くんに何も聞いていないんだな。」
「聞いてません!!accessはどうなるんですか!!僕が見つけた最高の場所なのに………。僕は納得いきません!!」
悔しかった。自分の聖域を荒らされた様で。
「accessは………無期限活動停止。これからはお互いソロでやって貰う。浅倉くんと話し合いなさい。」
………これが『大人の事情』というものなのか。でも………。
「オレはaccessを捨てません!!大ちゃんと………浅倉さんと話し合います!!」
そう言って踵(きびす)を返すと、後ろも見ずに部屋を後にした。
事務所に戻ると安部ちゃんと一緒に大ちゃんは談笑していた。オレのドアを開ける音で、二人がオレの方へ振り返った。
「どうしたの、ヒロ。顔色、悪いよ?」
心配そうにオレを見る瞳。でも、それに気付く余裕が無かった。
「大ちゃん……安部ちゃん………これからオレたち、ソロになるって、本当?accessは無期限活動停止になるって、本当?」
オレは、『違うよ』と言って欲しかった。でも、二人の顔色が変わった。
「何で話してくれなかったんだよ!!二人とも………。」
オレは無性に腹立たしかった。悔しかった。自分だけが蚊帳の外だった事………。
先に口を開いたのは、大ちゃんの方だった。
「………黙っててゴメン。折を見て話すつもりだったの。今、三部作も好調だから………つい、話せなくなて。」
「大ちゃんは………ソロやりたいの?accessはどうなるの!?」
カッとなり、大ちゃんの胸ぐらを掴んでいた。目と鼻の先に、彼の顔がある。
「ソロ活動に興味が無いって言えば嘘になる。自分の力を試すいい機会だから………。accessは……僕は……。」
そう言い掛けた、彼の小さくて薄い口唇に、自分の口唇を重ね言葉を塞いだ。何を言われるか、怖かった………。こうすれば、彼が自分から離れていくのを止める事が出来ると思った………。
口唇が離れて、大ちゃんの胸ぐらを放すと、安部ちゃんの平手打ちが飛んできた。
パシーンッ!!
乾いた空気に、その音が響き渡る。
「博之………貴方、大介の気持ち、気付いてるわよね?この子の気持ちを利用するつもり?今すぐ謝りなさい!!大介に!!」
大ちゃんの瞳が潤んでいた。今にも泣き出しそうな顔。
「ごめ………オレ………accessが全てだから……オレの居場所はaccessだけだから………。オレ、卑怯だったよ。」
罵られると思った。罵倒されると思った。
「いいよ………、黙っていたのは僕だし………。安部ちゃんに口止めしたのも僕………。ヒロの事が好きなのも本当だし。僕………もう、苦しかったんだ。」
それは見ていて、辛い程の笑顔だった。そんなにも想ってくれていたなんて。それを利用しようとしていたオレは、何て薄汚れた人間なんだろう。聖域に土足で踏み込んでいたのは、他ならぬオレ自身だった。
もう、オレの居場所は此処には無いんだ。オレがこの手で壊してしまった。
「あのね、ヒロ。許してくれるのなら、ずっとヒロの事を好きなままでもいいかな?何も望まないから………。それとも、気持ち悪い、かな?……気持ち悪い、よね………。」
こんなオレでも、純粋に好きだと言ってくれる彼。気持ち悪くなんか、無いよ。出来れば、そんな彼に応えてあげたかったけれども………。
「気持ちには応えてあげられない………。でも、好きになってくれてありがとう。大ちゃんとは違う意味だけど………オレは大ちゃんの事が大好きだよ?離れ離れになっても、それは変わらない。」
こんな言葉、残酷なのは解っていた。突き放す方が、彼の為だということも。でも、友人として、仕事のパートナーとして、大ちゃんが大好きな事だけは伝えたかった。
「………ありがとう、ヒロ。」
そう言って彼が右手を差し出した。オレはその手を強く握り返した。
「………ありがとう、大ちゃん。短い間だけど、一緒に頑張ろうね。」
三部作の2曲目の歌詞の様に、彼を愛せたならばよかった。君無しでは歩けない程に。でも、オレたち2人は袂(たもと)を別(わか)つ選択を選んだ。
彼を見ると、その円(つぶ)らな瞳いっぱいに涙が浮かんでいた。
「僕、お手洗いに行ってくるね。」
手を離すと、足早にドアに向かい、姿を消した。
安部ちゃんが口を開いた。苦々しい顔で、
「博之、貴方、残酷すぎるわ。大介は………大介だって凄く悩んでいたのよ?あの子の事だから、これから先も、ずっと貴方の事を想い続けると思うわ。」
と言われた。
安部ちゃんに反論する気は無かった。天から与えられる罰なら、甘んじて受けよう。
傷つけて、ごめんね、大ちゃん。
でも今のオレに出来るのは、それしか無かった。
《了》