*BLOG'S UP NOVEL*

□Last Lovesong for You...
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『君と僕との出逢いは間違っていたのだろうか。それならば正しい道へ戻さなければいけないのか。』

  * * *

 蒼に塗(まみ)れた空の下。身も凍る様な冬の夜。風が、ベランダで煙草を吸う彼の痩せたうなじに燻(くすぶ)り、片手で薄いシャツを抱え込んでいる。
「だいちゃ………ん?」
 オレの声に驚いた様に躯を跳ねらせて、大ちゃんは振り向いた。戸惑いを孕んだ表情はすぐに優しい微笑みに擦り替えられ、口唇はオレの名前を象(かた)どる。
「………あっ、ヒロ!どしたのー?」
 大ちゃんの後ろ姿に漂っていた得体の知れない不安をするりと交わして、オレの胸に飛び込む無邪気な声。つられて強張(こわば)っていた表情が緩む。
「どうしたもこうしたもー!煙草を吸いに行ったまま大ちゃん戻ってこないからさー。」
 と、オレは手に持っていたブランケットを、大ちゃんの肩に掛けた。
「ほら、こんなに冷たくなっちゃって………。」
 肩に置いた手に、大ちゃんの冷たい手が重なる。
「大ちゃんこそ、どうしたの………。」
「見て、ヒロ。」
 そう言って指差すのは、マンションから見下ろすネオンの遊糸。
「ネオンがね、風に揺られて時折滲むんだ。綺麗でしょ………?」
 揺らめく灯は風に煽られて、消えそうな花火の様に儚げでいて、それで強かった。それを見ていると、胸の奥が堪らなく淋しく悲しい熱が沸き上がり、灼(や)かれていく。
 二人吸い込まれる様に魅入っていた景色から、オレは少しだけ視線を逸らして大ちゃんを見た。………少し、痩せている。月が蒼く照らしだしている所為もあるけれど、顔の輪郭も肩もブランケットの裾から覗く手首も、確かに前よりも細い。
 オレは大ちゃんを包(くる)んでいるブランケットの中に潜り込む。二人して肩を寄せ合い、包(くる)まる。
 そして、確かめる様に大ちゃんの冷えた手首を握ってみた。細い手首がビクリと跳ねる。
 すると大ちゃんは、ゆうるりとオレの方へ振り向き、悲しそうに微笑んだ。
 そして、頬を伝う雫。
「え……大ちゃ…ん?」
 泣き出す一瞬の表情は、微笑むそれに似ている。大ちゃんは笑っていたのではなくて泣いていたんだ。
「大ちゃん………何かあったの?」
 嗚咽やしゃくり上げる音さえもなく、静かに涙だけが落ちて、コンクリートの床に細かい染みを作る。
「なんでも………ないよ?」
 と、大ちゃんは顔を背(そむ)けて、ブランケットの端で涙を拭った。
「煙草の煙が、目にしみただけ………。」
 でも、それは嘘だ。吸っていた煙草は、随分前に根元まで焼き尽くして、火は消えていたのだから。でもオレは気付かない振りをする。
「………そっか。」
「うん、そうだよ。」
 と、今度は本当に微笑んだ。でも燻(くすぶ)る悲しさは消えなくて。とても不安な気持ちを煽る。何でも話してくれる大ちゃんが、隠そうとしている事は何なんだろうか。
 その、事の重大さを、今のオレは解る術(すべ)もなかった。
「さぁ、冷えてきちゃったし、部屋に戻ろう?」
 大ちゃんは、ブランケットから、するりと抜け出すとドアを開けて、リビングに戻っていった。
 オレはまだ大ちゃんが去っていったベランダで一人、ブランケットを風になびかせながら、ドア越しに大ちゃんを見ていた。

「ヒロ!部屋入らないの?コーヒーの用意出来たよ。」
 明るく響く大ちゃんの声。手に持ったトレーに、色違いのコーヒーカップが並んでいる。
 大ちゃんが赤で、オレは黒。お互いに好きな色だ。
「今、行くね。」
 肩に掛けていたブランケットを脱いで、丸めて小脇に抱える。
 突然、強い風が吹いた。
 寒さに身を竦(すく)める。早く暖(だん)を取ろうと、ベランダから大ちゃんが待つ部屋へと入る。
「寒かったでしょ?」
 と、コーヒーカップをオレに渡しながら、大ちゃんは微笑む。偽りの蒼を脱ぎ捨てた瞳は、充血して少し赤みを帯びていた。
 また、こっそりと泣いていたのだろうか………。
 恋人のオレにも、見せたくない事。恋人のオレにも言えない事。それは、何なんだろう。
 言い知れぬ不安は戸惑いに擦り替わる。このまま彼が何処か知らない処へ行ってしまいそうで。オレは大ちゃんを後ろからぎゅっと強く掻き抱いた。


  * * *

 結局、昨日の大ちゃんは、オレには何も語らなかった。
 だから、解らなかった。君が誤魔化した、涙の意味を。
 それが、今日、あんな形で思い知るなんて、思いもしなかった。



 最近はaccess20周年記念のライヴやイベント、レコーディング、プロモーションで、大ちゃんと行動を共にすることが多い。
 大好きな大ちゃんと居られる時間が多くなって、オレは嬉しかった。まるで初期の頃のaccessの様。
 忙しい日々が流れていく。忙殺されそうな位キツいけれど、大ちゃんと一緒の時間が増えるのはとても楽しい事だ。
 どちらかが先に上がることもあるし、二人別々に行動することもあるけれど、いつも何処かで待ち合わせをして、大ちゃんの家に帰る。そして蜜月を過ごし、一緒に眠って、起きたらまた、大ちゃんの家から仕事場へと通う。
 愛する人と一緒の家に帰る事が、こんなに嬉しいことなんて。オレは驚かされる。誰かをこんなにも愛していて、夢中になる自分が居ることを。

 今日は、アニバーサリークラブツアーの時に配布するCDの音源録り。オレは作詞をする為に、自宅作業でもよかったんだけど、やはり大ちゃんと一緒に居たくてスタジオで作業をすることを選んだ。
 オレは大ちゃんの邪魔にならない様にと、プライベートルームと化した、スタジオの一室に籠もり、ノートPCを開く。でも今日は何だか落ち着かなくて。
 オレは昨日の、大ちゃんの涙の意味を考えていた。大ちゃんは、少し天邪鬼(あまのじゃく)なところがある。もっと、オレを頼って、甘えてくれてもいいのに、って思うけれど。
 そんな風になったのは、俺たちが「沈黙」を選んだ頃だろうか。髪の毛を月灯りの色に染め、偽りの蒼を瞳に纏った頃。
 オレがaccessを卒業するという決意を、真っ先に大ちゃんに伝えた時。君は泣かなかった。笑顔で別れを告げた。そんな大ちゃんがスタジオに籠もって何度も泣いていた、という事を、オレはかなり後で知った。
 オレはとても後悔したけれど、時は戻せない。
 大ちゃんは、月灯りと偽りの蒼を纏うことによって、何よりも素直な態度を隠してしまったのかも知れない………。

 ―――――結局、オレのせいか………。

 そういえば再結成をして、また大ちゃんと付き合いだした頃に言ってたっけな………。

「ヒロは、僕の太陽。僕は、ヒロに照らされて蒼い夜闇を彷徨(さまよ)う月だよ。」

 って。

「太陽を求めて、憧れて、追い掛けて満ち欠ける月だよ。」

 って。

 言葉が難しすぎて、オレはただ微笑み返すことしか出来なかった。その真意は、未だ解らないけれども。それは、オレの選んだ選択が、きっと大ちゃんの胸に深い傷を残した証(あかし)だろう。
 やはり、昨日の事が気になり、なかなか作詞が捗(はかど)らない。時計を見ると一時間半も過ぎていた。息抜きにコーヒーでも飲もうと、プライベートルームを後にする。
 休憩所に置いてあるコーヒーメーカーに手をかけた時に、誰かに呼び止められる。
 振り向くと、オレより少し若い、人のよさそうな顔をした人物が荷物を持って立っていた。
「あ、貴水さん、コレ、ファンレターです。それと、こちらは浅倉さんの分です。渡して頂けますか?」
 柔和な顔立ちのスタッフに声をかけられ、手紙の束を渡される。
「ありがとうございます。了解しました。大ちゃんに渡しますね。お疲れさまです。」
 優しい顔立ちの見慣れないスタッフにお礼と労(ねぎら)いの言葉をかける。
 オレは彼が立ち去った後に、ふと、違和感を感じた。………あれ?あんな人、スタッフに居たっけかな?
 でもすぐに、多分大ちゃんの事務所に新しく入ったスタッフだろうと判断した。
 レコーディングブースに向かうと、そこには大ちゃんは居なかった。代わりに安部ちゃんが居る。
「あれ?大ちゃんは?」
 と、安部ちゃんに尋ねた。
「あぁ、大介ね。何か煮詰まってるみたいで、一服しに行ってるわ。ヒロからも、声をかけてあげてくれないかしら?」
 との返事が返ってきた。
「ありがとう、安部ちゃん。行ってみるよ。」
 オレは、二人分のファンレターを両手に、大ちゃんの喫煙場兼休憩室に向かう。
 ファンレターを片手に持ちなおすと、

―――――コン、コンッコンッ!!

 と何時もの合図でドアをノックした。
 返事が無い。
 居ないのかな?
 それとも持ち込んであるシンセで曲を打ち込んでるんだろうか?
 取り敢えずドアノブに手を掛け、引いてみる、
 カチャッ、と軽い音をたててドアが開く。そこには、煙草を指に挟んだまま動かない月灯りの色をした髪の毛の後ろ姿があった。
「大ちゃん!!」
 オレは声を掛けた。
 金糸(きんし)の髪の後ろ姿が、ビクリ、と肩を揺らす。その瞬間、大ちゃんが握っていた煙草から灰が落ちた。
「………あ、ゴメンね、ヒロ………。ぼーっとしてた。」
 と、言って振り向いて、いつもの様にはにかんで笑う大ちゃん。昨日、あんな事があったから、心配してしまう。
「あ、これ、ファンレター。スタッフさんに、大ちゃんに渡すように頼まれたの。」
 と、大ちゃんの分のファンレターを渡す。オレは空いている椅子に座り、大ちゃんと一緒にファンレターを読み出した。
「今は、可愛い便箋とか多いよねー?あ!これミッキーのレターセットだぁ………可愛い!!」
 と、大ちゃんは嬉しそうに笑って、ヒラヒラと便箋と封筒を振っている。
「……………プッ!!」
 その仕草が女子高生みたいに可愛くて、つい笑ってしまった。
「えー?そこ、笑うところ!?」
 と、大ちゃんは、ぷっくりと頬を膨らませて、オレに文句を言う。
「いやいやいや、大ちゃんが余りにも可愛いからさ。」
 とフォローするけれど、「僕、馬鹿にされてるっ!?」
 と言って更に頬を膨らませる。………だから、そこが、可愛いんだってば………。
「馬鹿にしてないってば。本当に可愛いから可愛いって言ってるんだよ?」
「………なら、いいけど………。あれ?この分厚い手紙、何だろう………。」
「大ちゃんへの愛が詰まったラブレターじゃない?」
「ラブレター?ヒロからだって貰った事ないのに………。」
 くすくすと、鈴が転がるように笑う大ちゃんの声。
「オレは、目一杯、体で表現しているよ?」
 とオレは両手を広げる。
「カラダって………ヒロが言うと何だかエロい………。」
 大ちゃんが大笑いし、涙が滲ませている。どうせ、オレはタカミエロユキですよーだ。
 大ちゃんは、そんなオレに構わず、その分厚い封筒をペーパーナイフで、綺麗に開けていく。封筒を逆さにして取り出そうとした瞬間―――――。

 そこから零れ落ちたのは、大量の紙の欠片達。

「何………?紙………?」
 それが何の欠片かと気付いた大ちゃんの顔がみるみる青ざめる。

 それは、切り刻まれた、大量の楽譜。
 まるで、悪意の欠片のように………。

「………うっ!…………ううーっ!!はっあっ………!!」

 大ちゃんの呻(うめ)き声。息が物凄いスピードで上がってゆく。
「はぁっ…はあっ……はぁはぁっ………!!」
 苦痛に歪む顔。オレは崩折(くずお)れる大ちゃんに駆け寄り、抱き締める。定期的に時を刻むメトロノームの様に、大ちゃんの背中を、ぽんぽんと撫でる様に軽く叩く。
「………ゆっくり、呼吸して?大ちゃん。……そう、ゆっくり………。目を開けてオレを見て………?」



 オレはこの時、初めて知った。

 剥き出しの『悪意』が、こんなにも恐ろしいものなんて――――――。
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