〜マリアージュ〜《新婚さんシリーズ》

□SINGLE IS BEST!?
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「あの、お前がなぁ〜。今更結婚するなんて………夢かと思ったよ。」
 高校時代から腐れ縁の神戸。気が合って、お互い女が大好きで、卒業してからもよくつるんでいて、ナンパとかもしまくったし、女が途切れる事もなかった。抱いた女の数を競い合っていたのは若気の至り。
 神戸の、耳の辺りで切り揃えられ左右に流された黒い髪。面長な顔。切れ長の黒い目に、整った鼻梁。繊細そうな薄い口唇。仕立てのいいスーツに長い足を組んでいた。オレとは正反対の見た目だが、男のオレから見ても男前だ。
 そんな神戸がこの歳にして結婚を決めたという事で、オレたち二人は、こうやって酒を酌み交わしている。
 オレはついこの間43になった。この歳になれば、結婚どころかバツイチ、バツ2、なんて奴も居る訳で。
「酷いな、博幸。俺だって男だ。」
 不貞腐れた口調だけど、顔はとろけそうに笑っている。本当に幸せそうだ。
「『ホント、コイツだ』って思ったのは最近だよ。仕事で疲れて、落ち込んで帰ってきた時、アイツ、こう言ったんだ。『アンタの悩みは私の胸より小さい。小さい。』ってな、笑い飛ばしてくれたんだよ。そん時感じたんだ、ああ、コイツなんだって。」
 神戸の彼女には数度会った事がある。ある夏、会った時は丈の短い派手な色のタンクトップに、膝までのダメージデニム。着ている服装みたいに、サバサバとした男っぽい性格。タンクトップ越しの胸は、どう見ても小さかった。多分Aカップ。巨乳好きの神戸としては意外だった。
「そんなものなのか………。オレには解んねーな。」
 神戸の目が真面目になる。そして、
「お前にも居るだろ?ステディが。」
 と言ってきた。
「………うん、まぁ……取り敢えず。」
 大ちゃんの勝ち気な瞳で涙を堪える姿が浮かんだ。そんな事言えないけど。ってゆーか、何で解ったんだ!?
「『何でか?』って顔をしてるな。ははっ。お前解り易いからな。ここんところお前、急に夜遊びしなくなっただろ?」
 神戸は、可笑しそうに笑っている。
 『結婚』。
 それについて考えた事はオレにだってある。若い頃は、遊び歩いていても、何時かは結婚するものだろうと思っていた。
 大ちゃんと付き合う様になってからも、考えなかった訳でも無い。その言葉が彼を不安にさせる事も知っている。オレたちは日本に居る以上、籍を入れることは出来ない。彼から不安を払拭してあげたいけど、それが出来ないのが現状。
 それにまだ、縛られたくはないというのはオレの我儘か。
「うん。相手のさ、オレを見送る視線がさ、優しいんだよ。『いってきなよ』って言ってくれるんだけど、やっぱりきっと淋しいんじゃないかと。強がりだからな。そう思うと自然と足が遠退いたなぁ………。」
「お前も惚気(のろけ)かよ!!そーとー焼が回ってるな。」
 ………神戸の言う通りかもしれない。勝ち気な大ちゃんの、いじらしい仕草が頭に浮かぶんだよね。そうするとお手上げ。おねーちゃんの居るトコロになんて行けなくなっちまう。
「なぁ、博幸も何か合ったら俺に相談しろよ。大丈夫だって。マスコミになんかリークしないから。親友だろ?」
「悪友の間違いじゃないか?でも、有り難う。何かあったら相談するよ。」
 親友の優しさが嬉しかった。神戸が親友でよかった。相談は………多分一生出来ないのだろうけれど。結ばれぬ両想い。そんな恋愛を選んだオレだから。
 その『相談』を、その後神戸にする事になるとは、この時のオレには知る由(よし)も無かった。

  * * *

「大ちゃ〜ん、ただいま〜!!」
 ここはオレの家ではない。大ちゃんの家。でも、『お邪魔します』では無くて『ただいま』とお邪魔するのが定番となっている。
「お帰り、ヒロ!!早かったねぇ?」
 リビングから玄関へ小走りにオレに駆け寄る大ちゃん。時計は夜中の12時を指そうとしている。
「ミネラル持ってこようか?」
「ん……そうだね……でもその前に………。」
 目の前の恋人を、優しく抱いてキスをする。アルコールと、タバコの、少し苦い味がする大人のキス。
 出逢った時より幾分ふっくらとした体。オレより一回り小さい彼の体が無性に愛おしい。
「……んーんー!!」
 口唇を離すと、肩で呼吸をする大ちゃん。
「ん、もう………息苦しくなっちゃったよ。ヒロ、どうしたの?」
「んー?なんでもない。なんでもない。」
 親友の惚気話を聞いてたら、無性に逢いたくて早く帰ってきた、なんて口が裂けても言わないよ。
「変なの、ヒロ。」
 オレの腕から解放されたオレの愛しい恋人は、また小走りにキッチンに向かう。ミネラルを片手に、オレが腰掛けた赤いソファーの隣に座る。火照る頬に、その冷たいミネラルを押しつけて、
「はい、どうぞ。」
 と渡される。キャップを開けて、酔った体に一気にミネラルを注ぎ込む。冷たさが体に染み渡る。キャップを閉めて、テーブルに置くと、ごろり、と頭を大ちゃんの太股にあずけて横になる。
「大ちゃん!大ちゃん!!だーいちゃーん!!!」
 最近少し出てきた大ちゃんのお腹に、頭をぐりぐり擦り付ける。大ちゃんは困った様に微笑んだ。パジャマからは、陽だまりの匂いがした。
「甘えん坊だね、ヒロは。酔ってる?」
「ん……少しね。」
 優しく梳かれる髪の毛。とっても気持ちがよかった。『安心できる存在』って、こういう事を言うのだろうか。
「大ちゃ………。」
 オレの手が、大ちゃんのパジャマの裾から、その滑らかな肌へと侵入する。横腹を這い、胸の果実へと到達する。撫でて、摘んで、弾いて。
「……や…やぁっ!ダメだよ、こんな所じゃ……。」
 もう何度も肌を重ねているのに、こんな時にも、初々しく反応する大ちゃんが可愛い。
「オッケー。ベッド行こうね。」
 大ちゃんをお姫様抱っこして、寝室へと向かう。
 その夜、俺たちは空が白むまで愛し合った。お互い、慈しむ様に優しい時間だけが流れていた。

  * * *

「はああぁ〜〜〜〜〜〜。」
「どうしたの、博之。そんな長ーい溜息なんて吐(つ)いちゃって。」
「安部ちゃん。」
「なあに?今日は大介も博之の仕事は入ってないのに事務所なんかに来て。」
「んー、ちょっとね。ねぇ、安部ちゃん、シンちゃんと上手くいってる?」
 何を言うんだ、このオトコは。博之は、昔から唐突に話を進めることが多い。もう、慣れっこだけど。
「上手くいってるわよ?何?悪いかしら?」
「そっかー。でさぁ、安部ちゃん何で結婚したの?」
「はあぁ?」
 今更聞くか、このオトコ。やっぱりこいつは唐突だ。でも、何時になく真剣な顔をしてる。真面目に答えてあげようかしら。
「そうねぇ………、添い遂げる覚悟っていうか、『この人となら、一緒のお墓に入ってもいいかな』って思ったのよ。」
 耳の後ろが熱いわ。慣れない事は、言う事じゃない、と後悔したけど。
「ふぅん。添い遂げる覚悟か………。」
 真剣な顔で、私の言葉を反芻(はんすう)している。意外だわ。からかわれるかと思ったもの。
「はあぁ〜〜〜〜〜〜〜。」
 また深い溜息。このオトコ、何か悩んでる事でもあるのかしら?でも、サル並みに能天気だから聞く事もないわね。
「貴方たちがオフでも、私はやる事がいっぱいあるのよ?帰った帰った!!」
「へーい!サンキュ、安部ちゃん!!お邪魔しました。」
「ホントにお邪魔よ、アンタ。まぁ、気を付けて帰ってね。」
 で。
 博之は。
 何をしにここに来たのかしら。

  * * *

 ヒロが、結婚をするという親友と昨日飲みに行った。昔なら飲み屋を何軒も梯子(はしご)して、おねえちゃんのいるお店に行って、帰ってくるのは夜中の3時とかだった。でも、最近のヒロは帰宅が早い。その後決まって、物凄く甘えん坊になる。
 自分は大切にされていると思う。愛されているという事も。身を持って知っている。
 だけど。
 『結婚』という言葉を聞くと、胸の奥が、ギュッと捉まれる様に痛くなる。
 何時か『アイシテル』の魔法が解けて、普通の女の子と、普通に恋愛して、普通に結婚してしまうのではないか。そうなってしまったら………僕はヒロを祝福できるのかな?
 ………きっと、無理。
 僕はもう引き返せない程に、ヒロを愛してしまっている。
 それに、ヒロは何よりも自由を求める人。もし、カナリアを鳥籠に閉じ込める様に、束縛してしまったのなら、羽をもがれた鳥のように、生きる理由を失ってしまうだろう。
 人の心は移ろいゆくもの。
 出来れば、二人ともヨボヨボのお爺ちゃんになる迄、どちらかが先に死ぬ迄一緒に居たいけれど。
 結ばれぬ両想い。
 それがこんなにも、苦しくて切ないとは。
 ヒロは形が無くても、誓ってくれる?
 僕を永遠に愛し続けてくれることを。

  * * *

「大介、顔が青いわよ?大丈夫?」
 新曲製作の時はいつもそう。大介は、寝食を忘れて仕事に熱中する。誰か気付いて無理矢理にでも、シンセから体を剥がさない限り、食べる事も寝ることも忘れてしまう。仕事熱心なのはいいのだけれど、ここまでいくと倒れてしまうんじゃないかと気が気じゃないわ。
「う〜ん、安部ちゃん、あと少しぃ〜。」
 この『あと少し』が、本日5回目。昨日も一昨日もそうだった。寝てないんじゃないかしら。流石に心配になり、
「大介、今日は帰りなさい。私にも結婚生活があるのよ?」
 と少し怒り口調で言ってしまった。大介の顔色が変わった。器材から目を放し、私の顔を覗いてくる。
「結婚………。」
 神妙な顔つきの大介。何か悪い事でも言ってしまったかしら。
「安部ちゃん、『結婚』って………何?」
 あらまあ、博之と同じ事を聞いてくる。何かあったのかしら。
「博之も同じ事言ってたわよ?あなたたち、憎たらしい程、仲がいいわね。」
「ヒロも言ってたの?安部ちゃんは何て言ったの?」 大介の顔に心配の色が浮かんだ。
「『この人なら一緒にお墓に入ってもいい』とか『最後まで添い遂げる覚悟ができるか』とか、そういう事よ?」
 ありのままに答える。
「……ヒロは何て言ったの?」
「『へぇ〜』って、それだけ。」
「……そっか。安部ちゃんありがとう。安部ちゃんの為にも、今日はもう上がるね。」
 そう大介が答えて立ち上がった瞬間。私の視界から大介だけが消えた。
「大介!!大丈夫!?」
 大介が倒れた。無理がたたったのか、大介の意識が無い。
「大介!!大介!!」
 顔を叩くけれど反応が無い。
 私は携帯を取り出し、救急車を呼んだ。
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