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□The Promise of a thouthand Year〜1000年の誓い〜
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『生まれ変わったら、僕を一番最初に見つけて。』





 彼と出逢ったのは、教会のミサの時だった。僕は、毎週日曜日に執り行われるミサで、賛美歌を歌う為のパイプオルガンを弾いていた。
 三ヶ月ほど前から、彼はこの協会を訪れるようになっていた。
 遠くからでも目を引く、淡い褐色の肌に暗い茶色の長い髪、薄いヘーゼルの瞳、精悍な体つき。その出で立ちは、異国の血を引いていることを示していた。
 僕は何故だか、気が付くと彼を目で追っていた。それは、僕の体に少しだけ流れる異国の血が彼を呼んだのかもしれない。それに、ここに訪れている人たちの中から、一際美しく高い声で賛美歌を歌う彼。
 僕はその声に恋に堕ちていた。

 今日も、彼は協会に来ている。いつもは、目立つ容姿を気にしてか、最後列に座っている彼が、今日は珍しく最前列の丁度パイプオルガンがある位置へ座っている。
 後ろをさり気なく振り返ると息を呑んだ。『容姿端麗』とは、まるで、彼の為に有るような言葉だった。
 僕は動揺を気付かれない様に、直ぐに前を向き、椅子に座った。ドキンドキン、と胸が高鳴る。どうしてしまったのだろう。後ろの彼が気になって気になって仕方がない。落ち着こうとすればする程、まるど心臓が壊れてしまうんじゃないかと思うくらい脈動する。
 そして、後ろから突き刺さる様な視線を感じる。これは自惚れ?でも、このことが、間違いじゃなかったと気付かされるのはそう遠い日じゃなかった。



 彼が僕の後ろに座るようになって、五度目の日曜日。いつもの様に、賛美歌のパイプオルガンを弾く。毎回感じる、彼の視線。オルガンを弾く僕の手が震える。

 ―――――こんなんじゃ、駄目。

 僕は、もうこの時には、どうしようもなく彼に惹かれていた。それは、憧れではなくて、恋。一度も瞳を交わしたことの無い彼に恋をしていたのだ。
 でも、この国では同性愛は死罪。誰にも言えない、口にしてはいけない感情。そもそも、彼が僕を好きだなんて確証はどこにも無かった。だから、僕は敢えて彼と向き合うこともなく、ただパイプオルガンと対峙しているだけだった。

 なのに。

 その均衡が壊される日が来た。その五度目の日曜日、パイプオルガンを弾き終え、部屋へ向かおうとしたとき、ヘーゼルの瞳の彼が声を掛けてきたのだった。
「綺麗な金糸の髪ですね。」
 と、ただ一言。
 僕は恐る恐る振り返る。体中の血液が沸騰して逆流するかと思った。
 耳までも熱い。
 すると、彼は、優しい瞳で僕に微笑んだ。
「………あぁ、その金糸の髪に似合う蒼い瞳も綺麗だ。」
 調子が狂ってしまう。お礼を言おうとして口を開いたけれど言葉が出ない。喉がカラカラに乾いている。
「………あぁ、ごめんなさい。突然声を掛けてしまって。パイプオルガンを弾く貴方がとても美しくて。ご迷惑でしたよね………。」
 と謝罪の言葉を口にして、彼は立ち去ろうとした。僕は声を絞りだし、
「………僕は、貴方の方が、とても、美しいと思います。」
 陳腐だけれど、それしか言えなかった。そして僕も微笑み返した。
 そして、瞳と瞳が初めて繋がり合った。彼が大きな目を細め、笑った。笑顔もとても優しくて美しかった。
「ずっと、貴方を見ていました。」
 彼はそう言った。やはり、感じた視線は気のせいでは無かった。そして、彼は少し言いにくそうに、
「教会の外で、少し話せませんか?貴方の名前も知りたい。」
 と告げられた。
 僕は少し躊躇(ためら)ったけれど、快諾した。僕も彼の名を聞きたかった。
「じゃあ、一時間ほどしたら、町を見下ろせる小高いあの丘で待ち合わせましょう。」
 そう告げて、一旦別れた。僕は教会の中の部屋へ。彼は教会の外へと。

 どうしよう?
 とてつもなく嬉しい感情が沸き上がっては止まらない。
 自分はどうかしてしまったのだろうか。
 異性である彼の誘いが、とても嬉しいなんて。



 僕は街を見下ろせる、この町の唯一の丘に辿り着いた。ポケットの中の懐中時計を取り出すと待ち合わせまでに10分程あった。
 僕は、彼を思い出す。優しさを湛えたヘーゼルの瞳。整った顔立ち。そして、ベルを鳴らしたようなハイトーンな甘い声。
 心臓が高鳴る。もうすぐ彼に逢える。言葉を交わせる。
 とても幸福(しあわせ)な気分だった。

「待ちましたか?」
 丘に座り待っていた後ろから、あの甘くて高い声が聞こえた。
 耳の後ろが熱く火照る。「大丈夫ですよ。さっき、来たばかりです。」
 と僕は答えた。
「………よかった。貴方が来てくれて。とても不安でした。」
 彼は僕の隣に腰を降ろした。ちらりと盗み見た彼の横顔は、とても男らしく、それでいて、とても美しかった。
「まずは名前からですね。オレはヒロユキと言います。ヒロって呼んでくださいね。見た目の通りこの国から遠く離れた土地で生まれました。けれど、物心が付いた時にはこの国にいたので、生まれた土地のことは、何一つ知りません。」
 彼は淡々と喋った。彼の見た目の為に、幼い頃はきっと好奇の目で見られ、それなりの扱いを受けていたのだろう。彼の物言いから容易に判断できた。僕はあえてそこには触れなかった。
「僕の名前はダイスケです。実は名前の通り、僕も異国の血を少しだけ引いています。曾祖父が、『ジパング』と言う名の国の物です。」
 と僕は告げた。
 ヒロはその大きな瞳を更に見開いて、驚きの表情を浮かべた。
「オレもその、ジパングの生まれの物です。」
 彼は安心した様な笑顔を浮かべていた。僕はそれを愛おしいと思った。
「奇妙なところで通じあいましたね。」
 ヒロはこくりと頷き、微笑んだ。僕の心も、ほっこりと、暖かいものが流れ込んだ。
 ヒロが一瞬緊張した面持ちになった。何か言いたくて、でも、言いだせない、そんな感じだった。けれども、直ぐに心を決めたように話しだした。
「………ダイスケが居る協会に行くようになってから、初めて貴方のパイプオルガンを聴いてから、ずっとダイスケが気になっていた。ダイスケが弾くパイプオルガンの音がとても好きになったから………。そして、貴方の事も。」
 まさかの告白だった。一緒に話したのはたった今だけ。僕だって、一瞬たけ振り返った時に見たヒロの顔と、後ろから感じる視線、そして、彼の歌声だけ。
「………そんな顔をさせちゃって、ゴメン。ただ貴方の名前を知りたかった。ただこの気持ちを伝えておきたかった。それに………。」
 僕はどんな顔をしていたのだろう。心は寒い冬から春になり芽吹く蕾の様に、嬉しかったのに。表情が強(こわ)ばっていたのか。
 そして、その後ヒロが言いにくそうにしている次の言葉が気になる。
「それに、オレには妻が居る身なんだ。夫婦関係は冷めきってはいるんだけど………。」
 頭の中がグラリ、と揺れる。奥さんが居る身。この国では同性愛と同じく離縁も禁止されている。
「だから!だから、今言った言葉は気にしないで?ただオレの気持ちだけ解っていてほしかっただけなんだ。」
 僕は知らず知らずに涙が溢れていた。喜びと悲しみ。二つの禁忌(タブー)。その狭間で揺れ動きながら、ただただ泣いていた。
「………僕に気持ちだけは知ってて欲しいなんて………ヒロの、エゴイスト………。」
 その言葉に彼を責める気はなかった。
「………僕だって!僕だって、ヒロが教会を訪れた時から、気になってたのに………!!」
 僕の言葉にヒロの顔に驚愕の表情が浮かぶ。
「僕の気持ちの、責任をとって?僕は………僕も、貴方が好き………!!」
 嬉しそうな、でも悲しげにも見えるヒロの笑顔。
「………それって、オレの気持ちを受け取ってくれるんだって思ってもいいのかな?」
 ふわり、と包まれるように、僕はヒロの腕に収まった。思わずヒロの胸を叩く。
「………受け取って、いいんだよね?」
 ヒロの確認の言葉に、僕はこくりと頷いた。
 きつく抱き締められる。
 僕たち二人は、自ら、二つの禁忌(あやまち)を犯そうとしていた。
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