access to ACCESS vol.2

□『ヒロには全てお見通し』
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 オレの恋人に、不幸が起こった。愛犬アニーの死。
 大ちゃんはアニーを含めて飼っている犬たちと戯れる『もふもふタイム』と言うのがとても好きだ。ここのところアニーの調子が思わしくないことを、数日前にメールで教えてくれてた。
―――――とうとうこの時が来たんだな。
 ツイッターをやらないオレは、大ちゃんのマネージャーである安部女史からメールを受けて、アニーの死を知った。
 アニーと兄妹のアルが亡くなった時も、誰にも気付かれない様にと、気丈に振る舞っていたけれど、オレから見たら痛々しい程の悲しみが伝わってきた。
 大ちゃん。
 大丈夫だろうか?
 メールをしようか、電話をしようか、悩んだけどあえてしなかった。
 明日になれば、accessの打ち合せがあるから会える。それまではそっとしておいて、アニーとの幸せな思い出を大ちゃんの夢の中で繰り返してあげられればいいと、オレは思った。

  * * *

 それは、ひどく寒い日だった。僕の愛犬アニーが亡くなった。
 ここ数日、調子が悪くて、弱っていくアニーを見ているのがとても辛かった。本当は、仕事もほったらかして一日中面倒を見てあげたかったのが本心だけど、僕も大人だしそれは許されないことを知っている。
 お互い大きな仕事が終わり、最近は蜜月の様に逢っていたヒロには、アニーの調子が悪いというメールをした。僕の事を一番理解してくれる大切な恋人。メールの返事には『アニーとの時間を大切に。』とのことだった。
 アニーの死は、多分安部ちゃんがヒロに伝えてくれてあるだろう。そして、あえて僕に連絡しなてこないことは、ヒロの最大の優しさだ。
 動かなく、固くなったアニーの体を撫でる。
「ねぇ、アニー。起きて?僕とまた遊ぼうよ。」
 そう呟きながら、僕の目からポタポタと落ちる涙がカーペットに染みを作る。
「アニー。起きてよ、アニー。」
 無理なことは解っているけど、そう声にして呼び掛けることしか、僕には出来なかった。

  * * *

 今日は一番先にaccessの打ち合せ場所に着いた。いつもは、一番に着いている安部女史が、オレを見て驚く。
「あらまあ!ヒロが一番乗りなんて珍しいわね?明日は雨が降るわよ…………って、ごめんなさい。大介の事が気になって先に来てくれたのよね?」
 と謝る安部女史。
「いいよ、いいよ、気にしないで。オレってそーゆー遅刻キャラだしね。まぁ、………大ちゃんのことが気になるのは真実。」
 と、オレは言った。
「昨日電話があったときは、妙に落ち着いた声だったけど、我慢する子だからね、大介は。でも、余りに冷静すぎて何て言っていいかとか、距離の取り方が解らないときもあるわ。」
 と安部女史が、珍しく弱気な発言をする。
「ヒロなら………、男同士だから、解ることもあるんじゃない?」
 と聞かれた。安部女史も大ちゃんのことをとても心配しているんだと思う。
「うーん、男同士、ね。………多分安部ちゃんよりは、こういう状況はどうすればいいか、解るかもね。」
 と、そう口にした。
 『男同士』、か。いや、オレたちはその前に『恋人同士』でもある。
 他人が解らないことでも、理解しているとは思うし、最善の方法を選んでるとも思う。
「男同士の友情かぁ〜、あー憧れるわっ!」
 と安部女史が言ったのでオレは、
「安部ちゃんは充分男前だから大丈夫だよ!!」
 と言ってあげた。安部女史の気が少しでも晴れるなら。そして、オレは安部女史から肘鉄を食らう。予想通りだ。
「もー!ヒロ!!あんたは一言多いわよ!!!あんたにも、大介くらいの繊細さがあったら…………。」
「それだから、男前だって言うんだよー。それにオレが大ちゃんみたいに繊細なら気持ち悪いでしょ?」
「それはそうだけど………。でもそれとこれとは違うわよっっっ!!!」
 と、2人してぎゃあぎゃあ話をしているところに、数人のスタッフと一緒にだいちゃんが入って来た。
「………大介………。」
 安部女史は大ちゃんに何て声を掛けようか迷っているようだ。そんな安部女史を横目に大ちゃんは、
「安部ちゃん、ヒロ、朝から仲いいねぇ。何?夫婦漫才?」
 と明るい声で茶化してきた。でも、オレは感じ取ってしまった。きっと昨日は泣き続けていたのだろう、大ちゃんの声が少しハスキーがかっていることを。だけど、オレはあえて気付かない振りをして明るい声で、
「大ちゃん、聞いて〜?安部ちゃんったら、酷いんだよ〜!オレたちの男同士の友情に憧れてるみたいだったから、『安部ちゃんは充分男前だから大丈夫』って言ったら、肘鉄食らわすんだもん。」
 と言った。
 大ちゃんが鈴がコロコロ転がるような可愛い声で笑って、
「あははっ!!確かに安部ちゃんは男前だから大丈夫だよ?」
 とオレの肩を持った。大ちゃんが思いの外、明るいのに安心したのか安部女史も安心したのか、
「あたしには旦那がいるのよ?あんたたちみたいに四十路の独身貴族じゃないんだからねー!!」
 と言いながら舌を出した。
「さぁ、みんな集まったみたいだし、打ち合せを始めましょうか。」
 との、安部女史の一声で、みんなが席についた。もちろんオレの席は、定位置の大ちゃんの隣。
 ふと、横目で大ちゃんを見ると………、机のしたの大ちゃんの手が微(かす)かに震えていた。オレは誰にも気付かれない様、だいちゃんの震える手に、自分の手を重ねた。

  * * *

 体中がギシギシという痛みで、僕は目を覚ました。隣には、冷たくなったアニー。
 夜中じゅう、アニーに話し掛けて、体を撫でて、泣いて、泣いて泣いて泣き疲れて床の上のまま寝てしまったみたいだ。
 今日はaccessの打ち合せがある。行かなくてはならないことは解ってはいる事だけど、やはりこのままアニーと一緒に居たいと思ってしまう。
 でも。
 僕は大人だから。
 行かなくては。
 アニーも、僕が元気に音楽を作っている事を望んでいるだろう。
 取り敢えず軋(きし)む体から服を脱ぎ、浴室へ向かいシャワーを浴びる。心をリセットする。みんなと会ったときに笑えるようにと。
 そして、アニーとのお別れの準備をして、僕はマンションを後にした。

 打ち合せ場所につくと、安部ちゃんと、珍しく早く来ているヒロが、何やらじゃれあっている。
 ―――――よし。
 ―――――僕は、平気だよ、アニー。
「安部ちゃん、ヒロ、朝から仲いいねぇ。何?夫婦漫才?」
 と出来るだけ明るく声を掛けた。
 安部ちゃんが、複雑な顔をしている。やはり女性だから色々考えて、僕の事を気にしているんだろう。
 隣のヒロは普通に笑っている。
 僕は、それが心地よかった。心配されるより、同情されるより、いつもと変わらないというヒロの優しさ。
 そして安部ちゃんから、打ち合せの合図が出ると、いつもの定位置に座る。僕の横にはヒロ。
 不意に机の下の僕の手の上にヒロの手が重なった。その時初めて、僕の手が無意識に震えていたのに気が付いた。

「はい!休憩入ります!!」
 スタッフの声で30分の休憩を取ることになった。僕は、そっと部屋から抜け出し、休憩室兼喫煙場として使っている部屋へと向かった。
 勿論、煙草を吸いたい訳じゃない。少し、疲れてしまった。一人になりたかった。
 ふと、いいフレーズが思い浮かんだ時に、何時でも打ち込み出来るようにシンセが置いてある。その冷たい感触を確かめる様に頬を当てる。
 涙が………。涙が自然に溢れだす。僕は、声もたてずに泣いた。
 10分位たった頃、ドアがノックされる。………多分、ヒロだ。僕は、涙を拭うと、
「ヒロでしょ?今鍵開けるね。」
 と言った。
 鍵を開けると、やはりヒロが立っていた。部屋に入ると、ヒロは僕の頬を、そのしなやかな手で包み込み、
「大ちゃん、大丈夫?」
 と聞いてきた。
 僕は、涙目になりながら、
「大丈夫………、って言っても通用しないでしょ?」
 と言った。
こんな些細な優しさが嬉しい。
慰めの言葉じゃなくて、傍に居て欲しい時に何も言わずに居てくれることが出来るヒロの事が、とても誇らしかった。
 そして、ヒロには全てお見通しだということも。
「………きっとアニーはアルと一緒に天国で仲良く遊んでいるよね?」
 僕はヒロにそう言った。
「うん。そうだね。」
 ヒロは、僕の言葉に、優しく微笑み返してそう言ってくれた。
 僕は、暖かい腕に包まれながら、再び声にもならずに泣いた。

      【了】

*あとがき*

1日というか数時間で仕上げた作品です。


これはmixiにて公開した小説なのですが、イラストが上手いマイミクさんが描いたイラストとシンクビートしている小説です。

彼女が描いた大ちゃんのイラストのセリフ、『大丈夫………って言っても通用しないでしょ?』を、大ちゃんに言わせたい一心で書き上げました。

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