N O V E L 【コードギアス】
□蛍―ほたる
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「ルルーシュ!」
座卓に向かって本を読むルルーシュの背後で喚くスザク。
「何だようるさいな!静かにしてくれ!」
ルルーシュは本から視線を上げずに、心底嫌そうな声を出すとため息をついた。
「るーるーうーしゅー!!」
それでも食い下がらずに、飛んだり跳ねたりしながらルルーシュの気を本から自分に逸らそうと、スザクは大声で叫んだ。
だーしつこい!と、艶やかな黒髪を揺らしながら、背後でじたばたと騒ぎ立てるスザクに、ルルーシュは痺れを切らした。
バンッと音高く本を閉じると、立ち上がりスザクに相対する。
「お前!うるさいんだよ!静かにしろ!何時だと思ってるんだ!近所迷惑だ!何よりナナリーに迷惑だ!本当に馬鹿だな!」
一通り目の前でじたばたとしているスザクを罵倒し終える。ナナリーがようやく眠ったというのに、この馬鹿で体力だけしかない癖毛の男は何を騒いでいるんだ、とルルーシュの胸中は穏やかではなかった。
すると目の前で騒いでいたスザクは、突然しゅん、と静かになると、両の頬ぷっくりと膨らませた。
(・・・静かにすればいいんだよ。)
ルルーシュは少しチクリ、と痛んだ胸を気にしないように、読書へと戻った。
チクタクチクタク・・・と時計の針の音が嫌に耳に響く。ルルーシュの読んでいる、スザクには全く理解できない分厚な本がめくられる音が大きく聞こえる。
珍しく静かなスザクに、怒ってるんじゃないかとルルーシュははらはらしだした。段々とスザクに意識が集中してしまい、本の内容が全く頭に入ってこない。一つ、ため息をつくとルルーシュはパタリと本を閉じた。
(・・・僕が悪いわけじゃないからな。スザクがうるさいから悪いんだ。)
一言そう心の中で宣言すると、ルルーシュは振り返った。
「あ・・・、れ・・・?」
そこには置き去りにされた座布団と、ぽっかりと広がった空間だけが残されている。先ほどまですぐ後ろでブーブーと騒ぎ立てた挙句、うるさいと怒ると拗ねて、頬を膨らませていたスザクが確かにいたはずだった。ルルーシュは取り残された座布団ににじり寄ると、そっとそこに触れた。まだ少し暖かい座布団がスザクの不在を確かにしていく。
(何処に行ったんだ。スザク・・・)
チクリ、チクリ、とルルーシュは胸が痛むのを感じていた。
ふと窓の外に視線を移すと、暗い闇に青白い月が浮かんでいる。
「スザク・・・?」
キョロキョロと部屋の中を見渡すルルーシュ。何処に隠れているんだ、と押入れを開けてみたり、カーテンの裏を覗いてみたりしてもスザクは見当たらない。
「・・・っ?!」
突然、真昼のような雷光が部屋を蝕み、一瞬で去っていく。瞬間、耳をつんざく雷鳴に思わず耳を塞いでうずくまる。
(・・・怖い・・・!)
ルルーシュは自分が座っていた座布団にうずくまっていると、スザクとの会話を思い出した。
『日本では雷が鳴ったらへそを隠すんだぞ!じゃないと雷様にへそとられちゃうんだからな!・・・っま、ルルーシュはへそ無いほうが面白いけどな!』
そう言ってからから笑うスザクに、ルルーシュは顔を真っ赤にして怒り、いつものようにスザクと言い争いをして、何故か面白くなってお互いの顔を見合って笑ったことを思い出す。
雷光と雷鳴の間隔は無いに等しく、ルルーシュはぎゅっと双眸を閉じた。
(スザク・・・!助けて・・・)
「ルルーシュ!」
パンッと強く襖の開けられた音と、ばたばたと駆け込んでくる足音。身体の上に圧し掛かる自分よりがっしりとした体。声を発しようとしたとき、温かな両手で耳を塞がれる。
(・・・スザク・・・ッ)
強く閉じられた双眸から涙が滲んだ。
しばらくそのままの体勢で固まっていると、先ほどまでの雷は嘘のようで、もう一度月が雲間から明るく顔を出していた。ふわりと背中が軽くなり、きつく結んでいた双眸を開くと、心配そうな顔をしたスザクの翡翠と視線がぶつかる。
「・・・泣いてるのか?」
スザクは眉を下げそう言うと、ルルーシュの白い頬に乗った水滴を、道着の袖でゴシゴシと拭った。気恥ずかしさから、ルルーシュは痛いと言うと、スザクはごめん、と言って手を引っ込めた。手を引っ込めると、若干俯いたスザクの様子にルルーシュはアメジストを瞠った。
「僕は良いんだよ!スザクびしょ濡れじゃないか!」
すぐに気づかなかったのが不思議なくらいスザクは濡れていた。いつもはくるくるの栗毛は力なく重力にしたがっている。水分を含んで重そうな道着を見ながら、何でもないとスザクは笑った。
「馬鹿!何でもなくない!馬鹿でも風邪は引くんだ!はやく着替えないと!いったい何処へ行っていたんだ!」
着替えるぞ、とスザクの手を引き立ち上がったルルーシュ。しかし、スザクはその場から動こうとしない。全く動じないスザクを振り返ると、にこにこと笑っている。
「着替える前に、ルルーシュに見てもらいたいものがあるんだ」
えっとルルーシュが声を漏らすと同時に、スザクはルルーシュの手をきゅっと握りなおすと、引いて歩き出した。
ルルーシュはわけがわからないまま、スザクに連れられて玄関まで来た。スザクの肩越しに玄関を見ると、開け放たれた入り口に、散らばったスザクの靴。
(急いで来てくれたんだ・・・。)
そう思うとルルーシュの頬はほんのりと色付き、じんわりと胸に温かなものがこみ上げてきた。ここで待ってて、とスザクは言うとルルーシュの手を離し、散らばった靴を履き外に出て行った。一人玄関に取り残されたルルーシュは、空いた手を見つめる。
(スザク・・・。)
自分より体温が高く、暖かいスザクの手の感触を思い出すかのように、ルルーシュは手を何度か握ったり開いたりした。
「うわあああああ!」
スザクの叫び声が外から飛び込んできた。ルルーシュは、はっと我に返ると靴を履くのももどかしそうに、外へ飛び出した。スザクに何かあったのかと思うと、また涙腺が緩む。こぼれそうになる涙をこらえながら、声の元まで走った。
「スザク?大丈夫か!」
家の陰でスザクは何やら箱を持ち、間抜けな格好をしている。恐る恐るスザクにどうしたんだと声をかけると、スザクは空っぽの箱を見つめながら、
「ほたる」
と呟いた。ほたる、とルルーシュがオウム返しすると、スザクは悔しそうに眉根を寄せ、
「ルルーシュに見せたくって。ほたる捕まえたのに・・・」
とうなだれた。くっそーと文句を言いながら、スザクは濡れた地面を蹴った。
(僕に見せるために・・・。)
あの乱暴なスザクが、ルルーシュのためにほたるを捕まえていたと聞いて、ルルーシュの顔に笑顔が浮かんだ。
「ありがとう。スザク」
素直に向けた言葉に、スザクは驚いたように翡翠を瞠った。
「気持ちだけで嬉しいよ」
ルルーシュが言うと、スザクはふにゃりとだらしのない笑顔を刻みながら、手にしていた箱を地面に置いた。
「ルルーシュ呼んだのに無視するから、勝手に持ってきて勝手に見せようと思って来たら、雷鳴り出しただろ?ルルーシュが怖がってるから急いで戻らなきゃって思って、ちゃんとふたできなかったんだ」
スザクはそう言うと、本当に悔しそうに唇を噛んだ。
「怖がってなんかない」
ふいっとそっぽを向いたルルーシュの頬は、ほんのりと赤く色付いていた。スザクは気づかないのか、頬を膨らませると怒り出した。
「怖がってただろ!素直じゃないな!へそ隠してただろ!」
ニヤニヤとスザクに言われると、ルルーシュは顔を真っ赤にさせて怒った。
「馬鹿!あれはスザクがそうしろって言ってたからだ!怖がってたわけじゃない!」
「素直じゃないとかわいくないぞ!」
「スザクにかわいいなんて言われる義理はない!」
言い争いを始めていると、突然スザクは大きな声を出した。
「何だよ。突然大きな声を出すな!びっくりするだろ!」
ルルーシュがそう言うと、スザクはルルーシュの後ろにまわり、抱き締めた。
「ほわぁぁぁああ!!??」
突然抱きしめられ、ルルーシュは悲鳴を上げる。そのままスザクに強引に方向転換をさせられると、
「ほたる!ルルーシュほたる!」
耳元でスザクの嬉しそうに弾んだ声がする。ルルーシュは体を向けられた暗い草薮に目を凝らすと、ぽつぽつと儚げに揺れるほたるが見えた。
「きれいだろ?」
スザクは自慢げに言うと、ルルーシュの肩に顔を乗せた。耳元でスザクの息遣いがすることに緊張しながら、ルルーシュはこくこくと頷いた。ルルーシュを見て、スザクは良かった、と呟いた。
「ナナリーにも見せたいな」
何の気なしに呟いたルルーシュに、また捕ってやるよ、とスザクは言った。
(何だ、今日のスザクはおかしい。妙に優しいし、それに、僕もどうしちゃったんだ。スザクなんかにドキドキして・・・。)
ルルーシュはどぎまぎとしながら顔を赤く染める。すると、背中から回されていたスザクの腕に力が籠められた。振り返ると、スザクはいつになく真剣な顔で暗闇を見つめていた。その表情に思わずドキッとした。
「来年もルルーシュとほたる見たい。再来年もその後もずっと」
そう言ったスザクに、ルルーシュはさらに調子を狂わされる。
「・・・僕も、またスザクとほたるが見たい・・・」
精一杯言ったルルーシュに、スザクは顔を明るく輝かせると、来年は絶対捕ってきてやるからな、と息巻いた。ほたるがかわいそうだからいいよ、とルルーシュが言うと、それもそうだな、とスザクは笑った。
「スザク、風邪引くからもう戻ろう?」
ルルーシュが控えめにそう言うと、寒かったか、ごめん、と謝り、ルルーシュの手を握った。
「戻ろ!」
きゅっと握られたスザクの手に引かれ、ルルーシュは歩き出した。
(スザクに手を引かれて歩くのも悪くないな)
【fin.】