N O V E L 【コードギアス】
□何を愛と呼ぶのかわからないけれど。
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*
「あら、スザクくん。今日はお誕生日会するんじゃ…」
特派へとやってきたスザクを見遣り、セシルは言い掛けたが、その様子を見て苦笑に変わった。
「どうかした?」
ふらりと入って来て、覇気の無い顔で突っ立ているスザクに椅子を勧め、セシルはお茶を入れに立った。
どうしてルルーシュは今日出掛けたんだろう。
ルルーシュは僕の誕生日、忘れたのかな。ルルーシュにとって僕はそんなものだったのかな。
「はい、どうぞ」
セシルは紅茶の入ったマグカップを手渡すと、スザクと向かい合って座った。
「お誕生日おめでとう、スザクくん」
セシルはにっこりと笑い、同時にラッピングされた袋を手渡した。
「明日来たときにあげようと思ったんだけど、今日あげるわ」
ありがとうございます、とスザクは笑ったが、うまく笑えているかわからなかった。
「あんなに楽しみにしてたのに、もう帰って来たの?」
柔らかい笑みを浮かべたままセシルはマグカップを傾けた。暖かな沈黙に背中を押され、スザクはかしかしと頭を掻き、苦笑いし口を開いた。
「楽しみ、でした。それにプレゼントもくれたし、生徒会室は綺麗に飾り付けられていましたし、みんなでお祝いしてくれました。」
言い終わり、紅茶を口に含む。紅茶の香が鼻腔をくすぐり、舌の上に甘味が広がる。暖かい紅茶にほっと息をついた。
「けど…?」
セシルは柔らかな笑みを湛えたまま、優しく問い掛けた。えっ、と目を丸くしてしまったスザクにふふっと声を漏らして笑った。
「お祝いしてくれました、けど?何かあったんでしょう?言いたくないなら良いんだけど、悩み事は誰かに話した方が楽になるって言うじゃない」
スザクは頬を掻き、苦笑いした。
「大したことではないんです。みんなはお祝いしてくれましたし、プレゼントも貰いました。ただ、本当にお祝いして欲しい人が見当たらなくて…。しかも、その人は僕じゃない人と今頃楽しくしているそうで…なんて、子供みたいですよね。あっちにはあっちの都合があるだろうし…」
スザクは情けなく笑ったが、セシルはいたって真面目な表情で、
「スザクくんって本当に不器用っていうか、鈍いっていうか」
と呟いた。えっ、と固まってしまったスザクを見て、セシルは微笑んだ。
「確かに、あっちにはあっちの都合があるでしょうね。それに首を突っ込むのは野暮なことかもしれないし…。でも、」
ふぅっとマグカップから立ち上る湯気を吹き、一間置いてから、
「今日はスザクくんが主役なんだから、そんなに卑屈にならないで素直に気持ち、ぶつけてみたら?もしそれで子供みたいとか、迷惑がられちゃったら仕方ないけど、何もしないで諦めて、拗ねちゃう方が子供みたいだと思うな」
と続け、もう一度にっこりと笑うとセシルは席を立った。
「素直な、気持ち…」
一人取り残されたスザクは一人呟くと、タンッとマグカップをデスクに置き、カバンを掴みクラブハウスへと走りだした。
「あれぇーそんなに慌ててどこに行くのぉー?」
と妙に間延びした声で、銀髪眼鏡の優男、ロイド・アスブルンドはスザクに話し掛けた。
「すいません!ちょっと出てきます!」
走りながらそう言うスザクにあはぁーと笑い、ひらひらと手を振った。
「若いねぇー」
ロイドはそう言い、セシルに近づいたが、途端に仕事してください、とたしなめられ、ふわふわと仕事へ戻った。
*
ルルーシュが今、金髪の男とどこにいるのかはわからないが、取り敢えずスザクはクラブハウスへ向けて走った。そこにルルーシュがいるという確証は無かったが。
ルルーシュがいれば、いてほしい、と願いながら、焦りでもつれる脚を励ました。
クラブハウスへと辿り着き、ドアを叩いてみたが、応答は無かった。ドンドン、と拳をドアに叩きつけたが、ひっそりと静まりかえったドアの向こう側は、屋敷に人がいないことを伝えていた。
はぁ、と溜め息をつくと流れてくる汗を手の甲でぐいと拭い、座り込んだ。
やっぱりいなかった。金髪の男とどこかに行ったんだから。
――楽しそうに…
日が傾きだし、強い西陽が降り注いだ。ずっとクラブハウスの前で座り込んでいたスザクは、眩しそうに目を細めると、膝の間に顔を埋めた。
強い日差しに身体が汗ばみ、癖毛が額に張り付く。
「誕生日に何やってるんだろう、僕」
ははっと苦笑し、熱いものがぽたぽたとコンクリートに灰色の染みを作った。
「何をしてるんだ、お前は」
憮然とした低い声が頭上から振り掛けられた。えっ…と顔を上げると、矢張り憮然とした表情の彼の人、探していた最愛の人。
ルルーシュ・ランペルージがそこにいた。
少し眉根を寄せ、呆れたような表情を浮かべながら、眉間に白魚のような手を当て、やれやれと言ったように頭を振った。
「お前は何をしてるんだこんな所で。馬鹿か?ミレイやリヴァルが誕生会を開いただろう。さっきシャーリーから電話があった。お前が多分俺を探して出ていったとな。馬鹿か」
つらつらとそう言うルルーシュが酷く冷たく映った。
スザクは擦れた声をようやく絞りだした。
「今日が僕の誕生日だって知ってたの?」
あぁ、と低く肯定の声が響く。
「どうして…」
喉が渇き、声帯が引きつり上手く声が出せない。ルルーシュは何だ、と聞いた。
「どうして、だったらどうして今日、わざわざ今日出かけるんだ!」
突然立ち上がり、向けられた怒声にルルーシュはアメジストを丸々と瞠った。
「どうして今日男と出かける必要があるんだ!何をしてたんだよ!君にとって僕は、僕は何なんだ!」
沸々と込み上げてくる感情は押さえることが出来なかった。
「君を求めて走り回ってた僕は何だったんだよ!」
違う、違う。こんなことを言いたいはずじゃないのに。ただ僕の誕生日を一緒に笑って過ごして欲しかっただけなのに。
ほら、君はまたそういう顔をする。
ルルーシュは自嘲めいた笑みを浮かべると、疲れた表情でスザクを見遣った。
「お前、子供みたいだな」
そう言い放つと重そうな紙袋を持ってクラブハウスの中へ入って行った。
バタン、と音を立てて扉が閉まった。しん、と重たく静まり返ったエントランスで、スザクは引っ込んだ涙の代わりに深く溜め息をついた。
あんなことが言いたかったんじゃないのに。どうしてあんなこと言っちゃったんだろう。本当に僕は馬鹿で子供みたいだ。折角楽しく過ごそうと思ってたのに。ルルーシュにおめでとうって笑って欲しかったのに。僕はまたルルーシュにあんな顔をさせてしまった。いつもルルーシュを怒らせてばかりで一体僕は何なんだ。僕が何なんだ。僕は、ルルーシュのこと、ルルーシュのこと、
「ルルーシュがどうしたんだい?」
わちゃっとスザクは声のした方向を振り返ると、そこには金髪をなびかせ、薄く笑うシュナイゼルが立っていた。