N O V E L 【コードギアス】

□Dear my precious L.
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「ただいま」

真っ暗闇に包まれ冷気がこんこんと滞留する部屋に、疲れた掠れたような低い声が響く。同時に乾いた音が鳴り部屋に明かりが灯った。誰が返事をするわけでもない部屋に入り、誰が暖めてくれるわけでもない暖炉に火を点ける。頭部を包み込む忌々しい仮面を外すと、何度か頭を振り栗色の癖毛を解放してやる。口許を覆うマスクをずらしながら、暖炉横のローテーブルにそれを置いた。世界中の何よりも憎くて愛しいその仮面に、火が映り込んだ。肩からかかるマントを取り、コート掛けに掛ける。首元まで巻き付いているぴったりとしたコスチュームを緩める。どの動作も慣れて習慣になった。一つ息を吐きながら、仮面の置かれたテーブル横にある革張りの年季を感じさせる一人掛けソファに腰掛けた。

「ただいま…ルルーシュ」

テーブルの上に伏せて置かれた写真盾を起こしてやると、そこには最愛の人が大好きな笑顔で毎日変わらずにたたずんでいる。懐かしい学園の制服に身を包んで、端正な顔を優しく崩している。ふと窓に視線を移すと、粉雪が舞い始めていた。寒いわけだ、と独り呟きながら窓辺へと寄る。深い闇色に、ゆらゆらと風に巻かれる白雪にやはり愛しき人を思い出してしまう。一つ乾いた笑い声を漏らして、余りにも美しい雪と闇から離れた。すぐ近くにあるチェストの上に置いてあるブランデーとグラスを手にもう一度、今度は深くソファへと腰掛けた。琥珀色の液体をグラスへと注いでいるとかちりと視線がぶつかる。

「…お酒くらい良いじゃないか。もう立派に成人しちゃったし。それともこれが意外なのかな。日本酒、とかの方が僕らしいと思ってる?…時期も時期だ…」

くすりと笑いながら注ぎ終えると、一口口に含んだ。噛むように口内で弄んでから呑み込むと、ついさっきまで冷えていた体も温まる。前のめりに両肘をその膝につき、手の平でグラスを包み込む。
「やっぱり日本酒が良かったかな。でもスーパーも閉まってたしカップ酒じゃ風情がないじゃないか」

もう一度口に含むとつん、と鼻腔を刺激される。

「おかしいな…何だか酔った気分だ…」

ことり、とグラスをその人の横に置き、目許を覆う。

「ごめん…ルルーシュ…ごめんね…」

そう言えばルルーシュが泣いたところを見たことなかったな、と的外れな思いに至る。やはり額縁の中の彼の人は微笑みを湛えていて。いつも胸に蘇る色褪せない表情。

「本当に君は強くて優しかった…」

泣くなスザク、と困ったように笑いながら手を差し伸べるのは在りし日の記憶。

「君は今幸せなのかな…ルルーシュ…」

僕は、と出かかった言葉を噛み砕き飲み込む。じんわりと苦味が広がった気がした。

「あの頃はあれが夢であれが僕たちの未来だった…。ねぇルルーシュ…」

覆っていた手をよけると電灯が眩しくて思わず目を細める。

「…好きだよ…。今でもすごく好きだ。忘れられないんだ、君の綺麗な笑顔も、艶やかな黒髪も、長い睫毛も、意地っ張りで素直になれなくて、すぐに悪態吐くところも…全部…っ」

深くて長い溜め息が震えている。仰ぎ見るように上向けた体だが、再び視界を遮った。暖炉に灯る焔が揺れた。

「…愛してる…」

血が滲みそうなくらいに唇を強く噛んだ。上体を戻すと奪うようにグラスへ手を伸ばし、残っていたブランデーを全て呑み込んだ。胸が熱くなった。遠くからぼんやりと鐘の音が聞こえてくる。

「あっルルーシュ、除夜の鐘だよ。聞こえてる?」

こんな時くらいは笑顔で、と顔を取り繕ってみるが、どうにも上手くいかずにぐちゃぐちゃに崩れてしまう。笑いかけて出したはずの声も、情けなく震えてしまう。時計を見るとまた一年が過ぎようとしていた。ということはつまり、愛する人に背負わされた、愛する人のために背負った十字架がまた一つ大きく、強くなるというわけで。愛する人を消した愛すべき世界でまた明日を生きなければいけないわけで。

「少し早いけど明けましておめでとう。ルルーシュ、大好きだよ」



ひらり、と迷い込んだ花のような雪が手の平に落ちて、吸い込まれるようにとけ消えた。

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