N O V E L 【コードギアス】

□痛いほど美しい君の愛に。
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冷えた冬の朝の空気が肌を刺激する。きんきんと痛いほどに冷たい風が白い頬をピンク色に染める。一つ息を吐けば白い蒸気が漂い、霧散して消える。日曜日ちょっと付き合ってよ、と何故か恥ずかしそうに伝えてきた金曜日の栗毛を思い出す。自分から呼び出しておいて待たせるとは良い度胸だ、と憮然とした溜め息をマフラーに隠すように顔を埋めた。かと言って、どこか癖毛を揺らしながら此方へ走ってくる姿を想像しては、緊張と昂揚感の混じった何とも言い難い心地好いものが込み上げる。待ち合わせから5分ほど過ぎて、吹いた風の温度に目を閉じたとき規則正しく地を打つ足音が近付いてきた。緩んだ顔で白い息を吐きながら距離を縮める癖毛男に、自分も頬の筋肉を緩めてしまいそうになって慌てて踵を返す。ちょっ、と声が聞こえた気がしたが、待たされた上にそんなことがどうでもよく思わせることが癪だったので。

「ルルーシュ!どうしてそっぽ向くんだよー」

やはり軍人、と言うべきか少しも呼吸を乱さず拗ねたように頬を膨らませる顔はどこか嬉しそうで。

「寒いんだよ。大体お前日曜の朝っぱらから呼び出しておきながら5分も遅刻するとは…。俺も見くびられたものだ」

特段スザクの5分遅刻に腹を立てているわけではないし、寧ろスザクは急な軍務で遅刻やドタキャンはざらだった。しかし、ルルーシュの口をついて出るのは憎まれ口ばかりで、口をつぐむ。そんなルルーシュの胸中を汲むのはスザクの得意技なので、口を尖らせてマフラーに顔を沈める仕種すら愛らしい。

「何で口尖らせてるの?キスするよ?」

少し挑発的にもこもこの毛糸に埋もれた細い顎に指を掛けるだけで、びくんと小さく震え最初から赤かった頬に更に朱が差す。うるさい、とスザクの武骨な手を振り払った白魚のような手は掴まれる。

「こんなに冷たくなってる…待たせてごめんね」

きゅ、とスザクの手より小さめのそれを両の手で包み込む。ふいと視線を逸らすルルーシュに、くすりとスザクの唇から暖かな笑みが零れる。待ち合わせ時間から勘定すると5分案山木のように立っていただけだが、何分待ち合わせ時間の10分前に到着し、実質15分間寒に耐えていたルルーシュは、つまり今日のスザクとの"買い物"と銘打たれたデートを楽しみにしていたわけで、楽しみにさせるスザクに対して何やら悔しさのようなものも感じていた。そんなことすら素直に伝えられない自分にやきもきしながらも、伝えたならば眼前で己が両手を暖めている男が満面の笑みで喜ぶことは目に見えていて、やはりそれは癪なので、ルルーシュはそっと心の柔らかい部分にしまい込んだ。

「ふん、もう良い。行くんだろ?」

ぱっとスザクの手を振り払い、二三歩足を出したところで再び片手を掴まれ、重心を崩したルルーシュは妙な悲鳴を上げながらスザクの胸へと崩れこむ。包み込まれた身体は大きくてすっぽりとルルーシュが収まってしまう。ふわり、と冬の匂いが慣れた匂いに紛れていた。身長は幾許も変わらないはずなのに、鍛えられたスザクの身体は筋肉質で、肩幅があるからだろうか。高めの体温がじんわりと乗り移ってきて、思わず目がとろんと崩れるが、公共の場だと言う理性がすぐに働き胸板を押し返して離れる。

「外でこういうことをするなと言っただろう」

咎めるように言うが、掴まれた左手はしっかりと拘束されたまま。離せ、と言わんばかりに翡翠をねめつけるが、にこにこと人の善い枢木君の顔を浮かべるだけでびくともしない。

「…離せ」

外気に負けず劣らず冷たい声を放つも、スザクには全く効かないようで指と指を絡めるように握った手を目の高さまで持ち上げる。訝しげに柳眉を寄せていると、スザクの手の薬指に、陽光を反射しきらりと銀色に輝く何かを見つける。目を凝らして見ると、深藍色の石が煌めく。

「気付いた?」

それらよりも一際まばゆい笑顔を浮かべて言うスザクは、少し恥ずかしそうに空いたもう片方の手でぽりぽりと頬を掻いている。

「…っあぁ…」

いつかのスザクの誕生日に渡したラピスラズリのシルバーリング。石言葉は永遠。あの日の出来事がアルバムのページを捲るように鮮やかに心に蘇り、羞恥でルルーシュは茹で蛸のように赤くなる。

「何でひ、左手の薬指に着けてるんだ…恥ずかしい奴め…っ」

小刻みに震えるルルーシュに、笑顔を向けながら言葉を継ぐ。

「何でって今日だから、じゃないか。だからルルーシュも左手の薬指に着けてよ…?」

ちゅ、とスザクの唇が左手の薬指に落とされる。顔を上げた瞬間の官能的で苛虐的な表情にルルーシュはぞくりと背筋を震わした。凍り付いたように顔を引きつらせながら動かないルルーシュに、ふにゃりとだらしなく相好を崩したスザクは指輪を求めてその薄い胸板に手を差し入れる。胸元に訪れた冷気と暖かな手にルルーシュは息を呑むだけで抵抗すらできない。するりとマフラーを越えて引き出されたお揃いのシルバーリングを首から外すと、ゆっくりとか細い薬指に差し入れる。ルルーシュはどきどきとうるさい心音がスザクにも聞こえているのではないか、と不安で堪らない。薬指の付け根まではめられたシルバーリングが眩しい。ほんのりと頬を染めたスザクが満ち足りた表情で言葉を紡ぐ。

「なんか…結婚式みたい、だね」

あはは、と自分で言った言葉をかき消すように笑うが、ルルーシュはスザクの行為に羞恥でいっぱいだった。加えて込み上げる暖かな気持ちがくすぐったくて、どぎまぎと立ち尽くす。いつもながら殊ルルーシュとなると甘やかすスザクだったが、今日のそれはいつもより濃密でルルーシュは怪訝になった。
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