N O V E L 【コードギアス】

□名前を呼ぼう。
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執務室の大きな机の上、今にも崩れ落ちそうな書類の山の中で悶々と苦悶の表情を浮かべる少年。陶器のように透き通った肌で頬をほんのり桜色に飾る。伏せられた眼差しは、長い睫に縁取られ、その頬に長い影を落とす。

――神聖ブリタニア帝国皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

その類い稀な頭脳で「アリエスの神童」と言わしめた彼は、見目また麗しく、どこか掴み所のない涼やかな、けれども時として凍てつくような、その端正な容姿でも、臣民の多くに支持されている。天は二物を与えないという訓が全く通じない。皇位継承順位は差ほど高いものではなかったが、その才覚と秀麗さを天が求めたのだろう。











「陛下、少し休憩なさっては如何ですか?」

心配そうに眉を寄せ、こめかみを押さえるルルーシュの肩へとケットをかける栗毛。イレブンであり、名誉ブリタニア人でありながら、ルルーシュの絶大な信頼を得て、その騎士となり、帝国最強の騎士集団であるナイトオブラウンズ――ナイトオブゼロとなった男、枢木スザク。ふわり、と柔かなケットに包まれたルルーシュは、あぁ、と短く返事をすると、豪奢な椅子へと深く腰掛けた。

「椅子では休まりませんよ、こちらへ」

スザクはそう言うと、ルルーシュをすっぽりとケットで包み込み、抱えあげた。見た目と違わぬ、それ以上に軽いルルーシュに、ズキリ、と胸が痛む。

「馬鹿!降ろせ!」

ルルーシュはスザクの腕から抜け出そうと試みるが、生まれたての赤ん坊のように、綺麗に身体を包まれているため、全く身動きがとれなかった。ぽすり、とスザクは優しくソファの上へとルルーシュを降ろす。紅茶でもお持ちします、と笑顔で言い立ち上がると、苦しそうに歪められたルルーシュの顔に気付く。

「陛下?体調が優れませんか?今すぐこの書類をジェレミア卿に――」

「違う」

優れない顔色を浮かべる主に、焦りながら言うスザクを遮るようにして、ルルーシュは短く声を発した。スザクが栗毛を僅かばかり揺らし、首を傾げると、

「お前が、無理して、笑ってる、から…」

と呟き、ケットを頭まで被ってしまった。なんて可愛らしいんだろう、と自然に笑みが零れる。

「陛下、横にお邪魔してもよろしいですか?」

愛しさにスザクの声は自然と弾む。勝手にしろ、と憮然としたくぐもった声がする。つまり、許可したということと同値で。失礼します、と横に腰をおろすと、スザクはケットに包まり、蓑虫のようになっているルルーシュの身体を引き寄せ、胸に抱く。ケットの中からそろり、と出てきた白魚のような手がきゅっ、と騎士服に付いている装飾の黄金色に輝くロープを掴む。あやすように頭があるであろう場所を撫でながら、スザクは優しく言葉を紡ぐ。
「陛下、余計なご心配をおかけして申し訳ありません。僕は、陛下が前より軽くなられた気がして少し悲しくなって、気付けなかった自分に腹が立っただけですから。ですから陛下…」

次の言葉を紡ごうとした時、ケットからひょっこりと漆黒の艶髪が現れ、その澄んだ美しいアメジストで翡翠を見つめる。沈黙を一つ置いて、ルルーシュは小さな声で、頬を色付かせながら言った。

「陛下、じゃない…」

はい、と意地悪くスザクが聞き返すと、少し拗ねたように顔を背ける。その幼く見える表情に、嫌でも胸がときめいてしまう。

「ルルーシュ、って呼んでほしい…」

ぽつりとそう言うと、再びケットに潜り込んでしまった。
褐色の骨張った長い指が、優しくケットを剥がす。頬を染めたルルーシュは騎士服の胸へと顔を押し付けた。立ち上り、鼻を擽るシャンプーの香をスザクはふっと吹き返す。吹き掛けられた息に、びくん、と細い身体を震わせる。癖毛のスザクにはとても羨ましい、美しい黒い直毛から覗く耳朶が赤く色付いている。
そのもぎたてのさくらんぼのような、なんとも形容し難い色を放つ果実をついばむように唇を寄せる。


そして、その一瞬に最大の愛を込めて囁いた。






「ルルーシュ」





こくり、と黒髪が揺れた。


[了]

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