N O V E L 【コードギアス】

□いつもの君
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 ヴヴヴ…と平たい液晶を光らせながらスマートフォンが鳴動する。僅かなその青白い光と、伝う振動が、今は煩わしく頭に響く。

 気だるげに布団から手を伸ばし、枕元で震えるその源をわし掴んだ。普段なら当然何とも思わないが、拗らせてしまった風邪のせいで、その扁平なものが酷く重く感じてしまう。思わず布団の心地好い圧迫感の下、体を捻るとうつ伏せになり、覗き込むように枕の上に置きなおした。

 おりてくる漆黒の艶髪を耳にかけながら、一方の手で光る液晶の上に何度か指を滑らせると、届いたメールを開いた。液晶効果を働かせて開かれたメールが、ふわりと視界に飛び込む。

―大丈夫?

 ただひとつの単語が載せられたぶっきらぼうなメールに思わず相好が崩れる。先程までは冷たく感じた液晶の灯りも、熱でじんじんとする目の奥に温かく伝わる。ただの一言しか書かれてはいないが、言葉を選んだであろうことがありありと想像できて、じんわりとあたたかなものが胸にしみた。

すらすらと指を滑らせて、返信を送ると枕元にスマートフォンを投げ出し、再び、先ほどよりも心地好く目を閉じた。



どれほど時間がたったのだろうか。うっすらとした微睡みの中から這い出ると、外はもうすっかり日が落ち、オレンジ色の街灯の灯りがほのかに部屋を染めていた。

薬を飲んで寝ていたおかげか、僅かな喉の痛みのほかにはすっかり頭痛も消え失せ熱っぽさもない。薬の治癒力の高さに感謝しながらベッドから起き上がり、開いていたカーテンを閉めるため窓辺へと立った。

「雪…」

道理で寒いはずだ、と独りごちた。通りを歩く人もいかにも寒そうに体を丸めながら足早に通り過ぎる。小気味いい音を響かせながらカーテンを閉めると、思い出したように喉が渇き、冷蔵庫へと向かった。

モーター音を立てる白い扉に手をかけ、力をこめる。ばくりと独特の密閉感と共にオレンジ色の光が漏れだした。途端、その空気だけを冷やしている白い箱に、買い物にも行かず帰宅してしまった自分を責めたくなるが、如何せんすぐにでも寝てしまいたかったことも思い出しつつ扉を閉めた。

仕方なくもこもこと厚着に着替え財布とスマートフォンを手にとると靴を履き、ドアノブを下ろして力をこめた。

瞬間、いつもの慣れた感触とは駆け離れた抵抗が伝わってきて、ドアは数センチ開いたところで止まってしまう。ほのかに冬の匂いが入り込む。

一度閉じてからもう一度力をこめてみるが、やはり大きな抵抗に邪魔される。再び扉を閉じ除き穴を覗いてみるが、何も映らない。疑問符で頭をいっぱいにしながらもう一度ドアノブに力をこめると、やはり何かがドアを隔てた向こう側で邪魔をしているが、そのまま思いっきり体重をかけると途端にふわりと抵抗が消え、冷たい外気がいっぱいに流れ込んできた。

勢いで体勢を崩し、戸外へと飛び出ると、支えを失いぱたりと閉じた扉の向こう側から見覚えのある顔が表れる。

「え…?」

口許までマフラーに埋められたその顔は紛れもなく先程のメールを送ってきたその人で。マフラーから覗く頬と鼻先は朱に染まり、ぐずぐずと鼻をすすっていた。

「何をしている…?」

他に言うべきことはあるはずだったが、思わず口をついて出た疑問の答えとして、彼方はぐっと腕を突き出した。

がさり、と揺れる見慣れたコンビニの袋には、ミネラルウォーターとプリンがひとつ。飲み込めずに街灯をきらきらと反射するビニール袋と赤らんだ顔にアメジストを行ったり来たりさせていると、

「プリン」

と一言、マフラーの下からくぐもった声が響いた。そんなことはわかっている、と頭を過った言葉を汲み取られたのか、再び今度は少し拗ねたような声が降り注ぐ。

「食べたいって、プリン」

それからもう一度、ん、とこれ見よがしに鼻先へとビニール袋が突き出された。

「…あ」

手に握っていたスマートフォンに思わず力が込められた。

「あの後から?」

驚きをそのまま返すと、こくりと栗毛が揺れる。差し出されたビニール袋を手に取るとき、やはり赤みを帯びた指先に触れてしまい、ひんやりと冷たくなっていることに気付く。いつもは自分よりも高めの体温をたたえているはずのそこ。ふとその顔を見上げるとかちりと翡翠と視線がぶつかる。

「インターホン押したけど出ないから、少し待った」

ぽそりと落ちてきた言葉が柔らかい部分を掴んだ。堪えられず視線を落とすと、ドアの前には不自然に外側を向いた大きめの足跡。扉に寄りかかってしゃがみこむ栗色の癖毛が見えるようで、アメジストが揺れる。

先程の扉にかかる抵抗に合点がいき、冷えた指先を掴むと、ドアを開いた。

「馬鹿が。自分が風邪引いてどうするんだ」

口をついて出たのは悪態だったが、くすりと笑みがこぼれる。マフラーの下からは小さくうるせーという抗議の声とぐずぐずと鼻をすする音がする。ふいと拗ねたように顔が反らされ、栗毛の隙間から覗くのは、赤くなった耳朶。

やっぱり馬鹿だ、と再度憎まれ口を叩いてやるが、満たされた身体の真ん中は、ひどくあたたかい。がちゃりと重めの金属音をたてて開かれた扉の内側は暖かな空気で満たされている。入れと玄関に押し込み、脱がれた大きな靴を自らの靴の横へと並べる。所在無げに立っているその人の、自分より少し大きめな背中を押してソファに座らせた。向かい合うようにしてローテーブルを挟んで反対側に座り、手に持ったコンビニ袋に視線を落とす。

「プリン、食べるか?」

かさりと取り出したプリンを揺らすと、栗毛はふわりと笑みを浮かべながら一緒に食べよ、と頷いた。


[了]

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