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 「え………?………、」


 臨也は、体からサーっと血が
 引いていくのを感じた。

 四木の手にする写真には、あ
 の日臨也を散々弄んだ男達の
 姿が写っており、襲われたと
 きの記憶が鮮明に蘇った。


 「なんで………四木さん…」


 「折原さんはこんな記憶……
 忘れ去りたいですよね?」


 四木が不敵に微笑んで、臨也
 はさらに真っ白くなった。ど
 うして。どうしてこの男が自
 分を襲った男達を知っている
 のか。


 「もしかして、……四木さん
 ………………?」


 臨也は、生まれてはじめて自
 分の頭の回転の早さを憎んだ
 。一
 方四木は、顔に笑顔を張り付
 けたまま、青ざめて絶句する
 臨也を凝視する。



 「さすが、物わかりが早いで
 すね。この男達を金で雇い、
 無理矢理あなたを強姦させた
 のは私です。そしてその後あ
 なたの壊れた心を利用して、
 あなたを薬の虜にさせたのも
 私ですよ、折原さん」




 「「飲めば少しは楽になれます
 よ」」




 臨也の頭に、以前薬を勧めて
 きた四木の表情と、その後四
 木に丸め込まれ、薬に手を出
 した間抜けな自分の表情が浮
 かんだ。


 ポタ、とシーツに丸い染みが
 出来て、それを始めに、臨也
 の目からぼろぼろ涙がこぼれ
 落ちる。少しずつ落ちて、や
 がて大粒に変わっていくそれ
 は、いつかの雨のようだった
 。


 声も上げられず、とにかく四
 木に泣き顔を見られたくなか
 った臨也は俯いてただただ肩
 を震わせた。



 「っ……………?」


 ふいに、四木は俯いていた臨
 也の顎を掴み、上を向かせた
 。臨也は泣いているところを
 必死に隠そうとするが、四木
 はそうさせなかった。


 「泣くほど辛い出来事だった
 のですね、同情しますよ情報
 屋さん」


 (やめろ、やめて、そんな目
 で、可哀想なものを見る目で
 見つめないで、見ないで、俺
 は慰めてほしいんじゃない、
 哀れに思われたいんじゃない
 、同情なんていらない、


 ‐‐―同情なんて、本当は少
 しもしてないくせに……!)



 臨也は、四木をキッと睨み付
 けた。すると四木は愉しそう
 に、臨也を見て口角を上げた
 。

 臨也は四木が、自分の何を見
 て愉しんでいるかが解らなか
 った。どくん、どくんと鳴る
 この心音が、どうか四木にバ
 レないように、と思った。



 「記憶を消す薬があるんです
 」


 「………は?」


 いきなり何を言い出すのかと
 思えば、四木はそんなことを
 言った。臨也がぽかんとして
 いると、四木は続けた。

 「襲われたなんてこと、無か
 ったことにしてしまえばいい
 んです。いいでしょう?辛い
 過去の出来事も、憎たらしい
 男達の顔や声も忘れてしまえ
 ばいいんです。そうすれば、
 もう薬に頼ることもなく、あ
 の日のことが無かった世界を
 つくることが出来ますよ」


 「……そんな、……だってそ
 んなことしたら……!」


 大切な記憶だって消えてしま
 う。


 臨也の頭に、一人の人物が浮
 かび上がる。

 薬を飲めば、楽になれる。た
 だし、


 (シズちゃんの記憶も、消え
 る……)


 そう考えると、胸がズキンと
 痛んだ。確かに、あの日のこ
 とは今すぐにでも忘れたい。
 でも………。


 そんな臨也の心境を知りなが
 ら、四木が惑わすように言葉
 をかける。


 「辛いんでしょう?忘れたい
 んでしょう?…全てを忘れて
 、楽しい日々を送ればいい」


 楽しい日々?

 シズちゃんのいない日々なん
 て楽しい日々じゃない。

 そう考えて臨也は気づいた。
 ああ、自分はシズちゃんのこ
 とが本当に好きなんだな。


 「……薬は、いりません」


 まっすぐと四木を見据えて言
 うと、四木は少し驚いたよう
 な表情を見せた。


 「そうですか……なら仕方な
 いですね」


 仕事用の笑顔で四木がそう言
 い、臨也はほっと胸を撫で下
 ろした。悲しい過去を引きず
 ることも、四木に惑わされる
 ことも、自分の心から静雄と
 いう存在が消えてしまうこと
 の方が、よっぽど恐ろしかっ
 た。


 「本当に仕方ないです」


 臨也がそんなことを考えてい
 ると、四木が言った。


 「無理矢理薬を使わせる破目
 になるなんて」


 「え…………?」


 次の瞬間、臨也は両腕を掴ま
 れ、そのまま仰向けに倒され
 た。いつか妹達もやっていた
 、難易度の高い投げ技。

 掴まれた腕と押し倒された体
 を動かすことなど出来ず、臨
 也はただただ怯えることしか
 出来なかった。


 四木は臨也の腕をベルトで一
 つに縛り、部屋の奥からスー
 ツケースを持ってきた。

 黒いスーツケースに入ってい
 るであろう物を想像して、臨
 也は必死に逃れようとしたが
 、高級そうなブランドロゴの
 入ったベルトが引きちぎれる
 筈もなく、そうこうしている
 間に四木がガムテープを取り
 出した。


 「記憶を消すって言いまして
 も、生まれてから今までの全
 てが抜けきれる訳じゃああり
 ません。安心してください。
 ただまあ、人の脳を操るんで
 すから、まれにおかしくなっ
 てしまう人もいましてね、発
 狂なんかされたら何処から人
 が駆け付けて来るかわかった
 もんじゃない」


 「そん、な……!、嫌だ、っ
 !!、ん、……っ、」


 そう言うと、四木はガムテー
 プで臨也の口を封じた。


 (嫌だ……!忘れたくない!
 今までのことも、仕事のこと
 も…、シズちゃんのことも、
 絶対に忘れたくない、!嫌だ
 、やめて、嫌……、)



 「私は、あなたがおかしくな
 らないことを願いますよ、折
 原さん」


 「!!…………っ、」


 注射器に薬品を注入し、縛っ
 てある腕の血管に針を突き刺
 す。


 「っ、!?、ん、〜〜!!」


 注射器が腕から抜かれて、四
 木が薬品をスーツケースにし
 まう。臨也は涙を流しながら
 、ただ呆然としていた。

 (射たれちゃった……、)


 臨也の視界が段々ぼやけて、
 瞳が重くなる。


 臨也が完全に瞳を閉じたとき
 、四木は涙を流しながら笑っ
 ていた。


 (‐‐―お前があの平和島静
 雄に思いを寄せていることく
 らい知ってる。ただ俺はお前
 が平和島静雄を愛するよりも
 もっと深くお前を愛している
 、こうでもしなけりゃお前は
 あいつのものになっちまうだ
 ろ?情報屋)


 四木はまだ、臨也が薬などに
 手を出していなかった頃の臨
 也を思い浮かべた。「四 木さ
 ん」と笑顔を浮かべ、確実に
 仕事をこなす情報屋。仕事が
 夜中まで長引けば、酒を飲み
 にいったりもした。


 仕事用に見せる臨也の胡散臭
 い笑顔も、にこやかに微笑む
 素直な臨也の笑みも、四木は
 大好きだった。



 臨也が平和島静雄に思いを寄
 せていることを知るまでは。








 ‐‐‐

 次回で、四木さんがどうして
 臨也の記憶を消したのかが分
 かると思われます。というか
 、暗い!長い!くだくだ!

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