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□勿忘草
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 ▼切ない系
 ▼相馬さん報われません!
  苦手な方はUターンです








 「佐藤くん、相馬くん、実は
 私、今日用事があるから先に
 上がることになってるの。あ
 とはよろしくお願いするわね
 、おつかれさまでした」


 「おう」

 「轟さんおつかれ様、また明
 日」


 轟さんは俺と佐藤くんにそう
 告げると、店長にも挨拶して
 こなくちゃ、と幸せそうに微
 笑み、走っていった。


 「残念だね佐藤くん、もう今
 日は轟さんに会えなくなっち
 ゃったね。あ、でも此処に居
 て店長とのノロケ話聞かされ
 るよりはいい…、痛い!!ス
 トップ!まな板で俺を挟むの
 は止めて!」

 いつものように俺が佐藤くん
 をからかって、佐藤くんが苛
 々しながら俺を苛める。

 佐藤くんは置いてあったまな
 板二枚で、俺をぺったんこに
 するんじゃないかって位の勢
 いで挟んでいる。流石に痛い
 し、っていうかこんな馬鹿な
 姿を山田さんなんかに見つか
 ったりしたら面倒なことにな
 る。なんて考えていると、佐
 藤くんがふと、まな板を掴ん
 でいた手の力を緩めた。

 「相馬………今日、」

 「あ…………、うん…」


 さっきまでの苛立ちの目とう
 って変わって、佐藤くんは真
 剣な目で俺を見つめる。

 俺はそんな佐藤くんと目を合
 わせていられなくて、うつむ
 きながらそう返事した。


 いつからだろう。
 こんな関係になったのは。


 佐藤くんの轟さんへの思いは
 募る一方なのに、一向に振り
 向いてもらえない。佐藤くん
 も、今さら轟さんが自分なん
 かを相手にしてくれるとは思
 っていないから、別に轟さん
 と付き合いたいとかは思って
 いないみたいだ。


 ――いや、思っているかもし
 れない。だけどきっと、佐藤
 くんは轟さんを見ているだけ
 で満足していると思う。例え
 それが店長と仲良く談笑して
 いる姿だろうと、仕事に励む
 姿だろうと、ノロケ話をして
 いる姿だろうと。

 付き合いたいとか、手を繋ぎ
 たいとか、キスがしたいとか
 。きっと佐藤くんはそんなこ
 と望んでない。ただ、轟さん
 の笑顔が見れれば、それでい
 いんだ。



 俺は、同じ時期に此処で働き
 始めたときから、佐藤くんが
 好きだった。

 ただ、佐藤くんは俺をただの
 同期としか思っていないし、
 第一俺は男なのだ。もちろん
 佐藤くんは俺を意識なんかし
 ていないし、自分が俺に友達
 としてではなく好かれてるな
 んて考えもしないだろう。


 だから俺は、佐藤くんが轟さ
 んを見ているだけでいいや、
 と思ったのと同じように、俺
 も佐藤くんを見ているだけで
 いいや。そう思ったのに。


 本当は、仕事なんか放って置
 いて佐藤くんと一緒に他愛も
 ない話でもしていたい。

 佐藤くんに思いを伝えて、付
 き合って、手を繋いで、キス
 もしたい。

 だけど、それは限りなく不可
 能に近い。だけどあの時は違
 った。


 *************


 「轟さん、今日も店長と楽し
 そうだったね」


 「……うるせえ」


 佐藤くんは少しうつむきなが
 ら煙草を吸っていた。更衣室
 前の椅子に座って、長い前髪
 をだらん、と下に垂らしてい
 る。

 その時、何の魔が差したのか
 わからないが、俺は言ってし
 まった。


 「佐藤くん、俺とセックスし
 ない?」


 佐藤くんは顔を上げて、目を
 ぱちぱちさせた。今でも忘れ
 ないよ、煙草の煙をもくもく
 させながら、蒸せてけほけほ
 していた佐藤くんを。


 「佐藤くんの好きなようにし
 ていいから、ただの性欲処理
 でいいから」


 佐藤くんは暫く黙っていたけ
 ど、えらく時間をかけてこく
 りと頷いた。

 この日から、俺は度々佐藤く
 んと体を交えるようになった
 。

 俺は佐藤くんが大好きだった
 から、どんなに佐藤くんに酷
 くされても耐えてこられた。

 佐藤くんは店長への苛立ちが
 高まると、皆が仕事を終えて
 帰ったあと、俺を呼び出して
 言うのだ。


 ただ一言、やらせろと。

 店内では色々と危険だから(
 特にいつ見ているかわからな
 い山田さんとか)俺の家か佐
 藤くんの家に行く。いつも佐
 藤くんの車に乗っていくんだ
 けど、そこには恋人や友人同
 士のような楽しい会話など無
 く、ただ無言だった。




 最中、佐藤くんは俺のことを
 「八千代」と呼ぶときがあった
 。もちろん、している間も終
 わった後も、甘い会話なんて
 したことがない。

 俺はいつも、佐藤くんが隣で
 寝ているのを確認して、一人
 で布団に顔をうずめて泣いた
 。「八千代」って呼ぶときの佐
 藤くんは、見たことがないく
 らい綺麗で、かっこよくて。

 そして幸せそうだった。

 *************


 あの優しい表情も声も、俺に
 向けられている訳じゃない。
 佐藤くんは俺を通して轟さん
 を見ている。

 こんな関係になってしまった
 のは自分のせいなのに。

 どうしてこんなに胸が痛むん
 だろう?


 「……今日は何処にする?」


 「……俺の家来るか?」

 「うん、」


 ああ、今日も佐藤くんが俺を
 抱いてくれる。嬉しい、筈な
 のに。


 「佐藤くん、いつもありがと
 う」


 (――もう自分でも何がした
 いのかわかんなくなっちゃっ
 たよ)


 俺は佐藤くんと店を出て、い
 つものように車に乗った。





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