命のナマエ

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ライ麦のぶどうパンに、
カボチャとジャガイモのスープ
りんごと木苺のタルト

此処での食事は、日本にいる時の多文化の食事とは全く違う。

エルフだからだろうか…。
料理といっても簡素で、がっつりさも見た目の豪華さもない。

さほどメニューに変化がなく、いつもパンとスープと果物が並ぶ。


最初はそれに驚いたものの、案外悪くない。


味に飽きはこないし、少ない量でもちゃんと満足できるし、何より美味しい。



「このタルトなんて最高ね。」


うんうんと至福そうな表情で頷きながら、タルトをもう一個と頬張る。


「…クス。」


レゴラスが向かい側の席で笑っている。
その顔を凝視すると、彼はちらりとあたしを見上げて楽しそうに言った。


「失礼、君があまりに美味しそうに食べるから。」


「本当に美味しいんだから、しょうがないでしょ。」


「そう、よかった。」


当たり前のようにそう言うと、彼は自分の食事に戻った。
カップを手に取り、スープを口に運んでいる。

そんな姿も綺麗に見えるんだから、美しさは罪だ。


「どうしたの?」

「…なんでもない。」


目線に気づいたレゴラスがこちらを見る。


「そうそう、レゴラス。」


思い出したように言うとハレンに
彼は顔を上げて「なんだい?」と問いかける。


「お願いがあるんだけど…。」


珍しく少し言いにくそうに言葉を濁す。
そんな彼女にレゴラスは優しげな瞳を向け、言葉の続きを促した。


「文字の読み方を教えてほしいの。
えーと、この世界での共用語の文字といえばいいのかな。」



「共用語をね・・・。」


彼はそれを意味深に呟いたまま、押し黙っている。
口には出さないけれど、子供でも知っているはずの文字を知らないというのは誰でも不審に思うに違いない。


灰蓮は彼の瞳を不安げに見上げた。


レゴラスが信頼に値する人物だということは十分分かっている。

でもまだ全てを話すわけにはいかない。



『ハレン、
サルマンに捕まっておった事や異世界から来た事実は話してはならん。

少なくとも、わしが良いというまではな。


なんら普通の日常にも、闇の勢力の支配下にいる者は潜んでいる。
彼らにどう繋がってしまうかも分からんし、
下手に話せば大きな疑いをかけられしまう。

どちらも得策とは言えん。

もしそれが必要な時が来れば、わしがお前さんのことをしかと説明するとしよう。

それで良いな?』


『はい。』


以前、あたしとガンダルフと話した内容だ。


目の前にいるレゴラスに少しだけちくりとした罪悪感を抱きながらも、この約束には背けない。



「理由は詳しく言えないけど、あたし文字が読めないの。

本当は旅の途中で、ガンダルフに教えてもらう予定だったんだけど。」


結局あんな事があって、
すぐに離ればなれになってしまった。



「分かったよ。

君にどんな事情があるか知らないけど、私でよければ力になるよ。」


レゴラスはそれ以上その話には触れずに、
にこりと笑って快く受け入れてくれた。


その優しさと気遣いがとてもあたしには有難かった。
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