命のナマエ
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「え?」
「私たちも裂け谷に用があるんだよ。
それに女の子一人の旅は危ない。
一緒に道を共にすれば、迷うこともないだろうしね。」
にこりと微笑みかけられる。
やっぱり優しくて愛嬌のある人なんだなぁ。
「ではお言葉に甘えて。
お願いいたします、レゴラス王子。」
「レゴラスでいいよ。敬語も必要ない。」
すっと差し出された手のひら。
とても綺麗な顔立ちとそれにふさわしい綺麗な指先。
おずおずと自分の手を差し出す。
「…よろしく、レゴラス。」
「こちらこそ。」
ふわりと触れた肌の感触に、温かい温度が伝わる。
それはエルフと人間の違いがあっても、変わらないことだった。
08 elf -エルフ-
ロッセは意外にも早く見つかった。
ご主人を放っておいて草でも食べているかと思えば、食べれそうな実が沢山落ちている場所に立っていた。
レゴラスは苦笑しながらハレンに食べさせたかったのかな?と言うと、
ロッセはそうだよと言うかのように大きく嘶いた。
なんて主人思いの馬なんだと感激しながらも、疑ってごめんねと頭を撫でた。
「賢い馬なんだね」とレゴラスが褒めるからすぐにロッセは懐いてしまった。
(あたしに懐くのには、もっと時間がかかったのに…。)
扱いなれてた方がいいからと自分の愛馬に乗りなおす。
(足の怪我ゆえ、レゴラスがあたしを抱えて馬に乗せてくれたけど、ものすごく恥ずかしかった。)
そして、レゴラスについて城へと向かった。
「ハレン。ようこそ、森の王国へ。」
視界から木々が途切れると、目の前には大きな川が横切り、その先にはブナの大樹に覆われた山々があった。
川には橋がかけられ、正面の山にある巨大な門に繋がっている。
「すごい、山そのものがお城なんて。」
まさに『森の王国』の名に相応しい城だ。
あたしたちは橋を渡り、門の前に着くと二人のエルフが立っている。
彼らに馬をあずけていると、大きな扉は鈍い音を立てながらゆっくり開く。
レゴラスはあたしの手を引っ張り、さっと中に入る。
あたしが中に入ったと同時に、扉はガシャーンと音を立てて閉まってしまった。
呆然としていると「この扉の開け閉めは魔法なんだ。
慣れてしまえば、便利なんだけどね。」とレゴラスは苦笑した。
中は洞窟のようになっていて、沢山の通路が迷路のように広がっている。
じっと見つめていると、レゴラスはあたしの顔を覗き込んだ。
「…怖い?」
「ううん、怖くない。意外と明るいんだね。」
洞窟は暗くて怖いイメージがあるけど、ここは違う。
通路はよく整備され、赤い松明で照らされており、足元も良く見える。
空気も澄んでいて、呼吸もしやすく不快感は一切なかった。
あたしはレゴラスについて通路を進んでいく。
「森の王国って、綺麗な名前だね。」
「そうかい?それは嬉しいよ。」
先ほどから何度曲がって、どの道を進んでいるか分からない。
レゴラスはあたしのスピードに合わせてくれるので、着いていくのに苦労することはなかった。
「ああそうだ、ハレン。
外に出てもいいけれど、その時は必ず私に告げて。
森の中は危ないから、一人では出かけてはいけないよ。」
レゴラスは後ろを振り返りながら言う。
その表情はいつもより少し厳しいものだった。
「わかったわ。」
「それから、南部には近付かないようにね。」
「南部って?」
「この国は北部にあるんだよ。
南部は・・・砦があるから。」
少し言いにくそうにレゴラスは語った。
「砦…?」
あたしは嫌な予感がした。
「サウロンの砦。ドル=グルドゥア・・・」
彼の言葉は洞窟内に重く溶け込んだ。
「ドル=グルドゥア…
まさかここを闇の森って言うのは…」
噛みそうになる発音を真似る。
此処に来た時、感じた闇の気配。
それはただの勘違いじゃなかったんだ。
「そうだよ。
君の言うとおり、そのせいで此処は闇の森と呼ばれるようになった。」
レゴラスは重く暗い表情で自分の国に広がっている闇を語りだした。
「・・・ここは昔、もっと綺麗な場所だった。
でも闇が包み、暗く恐ろしい場所に変えてしまった。
オーク・ワーグ・悪霊らが出没するようになって、その名がつけられたんだよ。
私たちは闇の森の事をタウア・エン=ダイデロスと呼ぶ。
意味はね・・・
“大いなる恐怖の森” 」
この洞窟は長く、もうここからだと入り口は見えなかった。
悲しみが広がる、闇が広がっている、否、広がっていく
それはいずれこの世界を覆い尽くすだろう。
「君は運がよかった。
たまたまこの森に入った場所が私たちに近い北部の方だったし、
何よりもまだ闇が入り込んでない数少ない場所だったから。」
レゴラスは立ち止まって振り返り明るい声で「さぁ、この話はもう終わり。」と打ち切った。
あたしはそのまま何も言えず、彼についていった。