命のナマエ
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あたしはスカートの裾の水気を十分にしぼって、宿に戻ることにした。
風が吹いて、濡れたままのあたしは肌寒くなり、温かいものが欲しいと思った。
こんな時でも人は温もりを求めるのね、それがおかしくて笑えた。
「ふっ」
笑いながら、生きようと思った。
少なくとも来たる時が来るまでは―――
宿の前にはガンダルフが立っていた。
勝手に出てきたことやこの姿を見られたらなんと言われるだろうと内心ドキマギしながら近づくと、いきなり怒鳴り声を浴びせられた。
驚いて何も言えないあたしに彼は容赦なく何度も怒り続けた。
そして、髪も体も服もベタベタになっているあたしをその腕に抱きとめてくれた。
後から思えば、ガンダルフには探しに来ることも、きっとあたしを追いかけることも簡単だった。
土地勘がなく、体力のないあたしなんて、
すぐに連れて帰ることも出来たのに、
それなのに、宿の前で待ち続けていたんだ。
どんな気持ちで待ってたんだろう。
あたしは、なんて馬鹿なことをしたんだろう。
何度も、大馬鹿者と叱られる。
それは彼がそれだけ心配したということなのだろう。
「ごめんな、さい・・・」
やっと出てきた言葉はそれで、
でも不思議なことに心の中はすごく温かかった。
「おかえり、ハレン」
ガンダルフはそういって嬉しそうに苦笑した。
「…ただいま。」
あたしは当たり前のようにその言葉を口にした、まるで家族のように。
―――ありがとう…
―――あたしは帰ってきたよ…
こんな穏やかな気持ちはこの世界に来て初めてだった。
まるで長い夢から目覚めたようだった。
辺りはもう薄暗かったけれど、今は怖くはない。
夕焼けはほっとするくらい温かい色合いで、なんだか心がぽかぽかしたから。
淡い橙色の中を二人して歩く。
それだけの事でこんなに心温まるなんて思ってもみなかった。
夜はまだ怖いけれど、夜が来ることをもう恐れないでいようとあたしは思った。