命のナマエ

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ガンダルフはパイプ(煙管)を咥え、ふっーと長い息を吐き出した。
ため息とともに出された煙はわっかになって宙に浮いた。

もう一度吐き出すと、今度はちいさな小鳥になりその輪をすっと通り行けた。
こんな技は魔法使いである彼にしか到底無理だろう。

外は漆黒に包まれ、月光が彼女を照らしていた。
すやすやと寝ている彼女はその寝顔からは考えられないほど、苦しい体験を幾度としたのだ。


「聖なる光の使者か。」



ガンダルフはその存在を、昔から知っていた。
その意味も、その言葉も、その役割も。
けれど、全て伝えなかったのは彼女のほんの一握りの希望を消し去る可能性があるからだ。


「まだ、時は来ておらぬ。
それまで、わしが、彼女を守らねばならん。」


そう、ガンダルフは決めていた。
初めて灰蓮を見たとき時から。



「…力を制御する方法を教え、そしてわしが彼女の進む方向を示さねば。」


「ううっ…」


灰蓮は顔をゆがませた。
いつも夜が来ると、悪夢を見ると聞く。
彼女は言わなかったが、夜がこわいので日が当たるまだ早い時間に寝てしまうのを彼は知っていた。


彼女の手にガンダルフのそれがそっと添えら
れた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






『私は貴方、貴方は私。』


「あなたは誰?」

『何、覚えてないの?』

「分からない、あなたを知らない、」


『へぇー・・・』

真っ暗な中にいるのはあたし。
それと向かいにいるのは誰。


「・・・・」

『貴方は私なのよ、貴方が作り出した。』


「意味がわからないわ」



『嘘つき、思い出したくないだけでしょう?』


耳元で囁かれる、嫌、なんか怖い…


ばっと横を振り向いても真っ暗で誰もいない。
でも声だけは聞こえる。


「貴方は私を知ってる。
知らないのなら、教えてあげましょうか?
またいつもみたいに可愛がってあげる。」


顔は見えないのに、にやりと笑っている気がした。


あたしは歩き出した。
でも声はどこからともなく聞こえてきて、どんどん大きくなる。


クスクスクスクスクスクスクス・・・


彼女の笑い声、怖くなって聞いていたくない。歩幅が大きくなり早足になる、けれど進んだ気がした。
今度は真後ろからするのだ。


「イヤッ!」


思いっきり走った、


「ガンダルフ・・・」


唐突に浮かんだのはひとつのナマエ


ガンダルフなら、こんなの消してくれるのに。
不安も悲しみも恐怖もやわらげてくれる。
あたしに安息をくれる。

きっと平穏をくれる、望んだ世界を…必ず。


何故か彼なら、彼だったら信じられる気がした。
世界中の人が私を蔑んでも彼は守ってくれるように思える。



光が目の前に現れた。
それは広がっていく。

小さな光の小鳥が羽ばたいていたのだ。


「・・・!」


手を伸ばさなきゃ!


両手でふわっとその鳥を包もうとした。
鳥は自らそっと掌の中におさまって、あたしはそれを引き寄せた。

そして、鳥はかわいらしい囀りをしたかと思うと、そのまま飛び去っていった。
その方向には光の筋があり、あたしはそこへ向かって一歩を踏み出した。









まぶしい光…
そう思って、手を顔に持ってくる。

「ん?」

ふと違和感を覚えた、目線の先には天井がある。あたしは体を起こした。


「おはよう、ハレン」

「・・・・・・」


あれ、ガンダルフだ。


「ハレン?」

「ああ、ごめんなさい。おはようございます。」


「?」


ガンダルフは珍しく彼女がフッと笑っているので、疑問に思った。
その顔を見て、灰蓮はおずおずと話し出す。

今まで、体の具合や過去の話しかしてこなかった。
初めての会話らしい会話だ。



「あたし、今日夢を見たんです。」


「ほお。」


「小鳥が羽ばたいてました。
光の中にいました、とっても綺麗で手をのばしちゃいました。」


「小鳥…」

「どうされました?」

「いや、なんでもない。
いい夢じゃなと思ってな。」


「そうですね、久しぶりのいい夢です。」


ハレンが笑うと、同じくガンダルフも微笑んだ。
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