命のナマエ

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さかのぼること、数日前。

仮眠をとろうと腰をおろした異種族の3人組は、思い思いに考え事にふけっていたが、
その中のドワーフはふと、隣にいたエルフに問いかけた。


「なぁ、レゴラス。

ハレンは、何者なんだ?」



彼がそろそろ聞かせてくれないかと言いたくなるのも無理はないだろう。

ボロミアの一件があって以来、
ホビットたちの追跡で休みなく走り続けてきて、その間、
まともなことは何も話すこともできなかった。


ハレンはずっと旅の最中、その身を隠してきた。
真実を知るのは、此処にいない亡き魔法使いと、おそらくハレンの傍にいた私か…。


後は事情を半分くらいは知ってそうな
アラゴルンは、黙って口を閉ざしている。


「わしは詳しいことが分からん。

あの状況からみるに、ボロミアの傷を治したのはハレンってことだが、
あんたは何をしってるんだね?」


その回答を、もう

ひた隠しにしておく理由はなかった。



「…聖なる光の使者。」



ぽつり呟いた瞬間、

わずかに、私の心がずきりと悲鳴をあげた。



「なんだね、それは?」



ギムリは難しそうな顔を浮かべる。

ドワーフである彼は聞くことはなかっただろう歴史。

伏せられて無かったことにされた過去だから、
知っているのは、一部の伝承者のみ。

そして、その人物たちも
多くの時が過ぎ、ほとんど忘れ去っていったのだろう。



「君は聞いたことがないかもしれないね。

当時、エルフを含め、多くの種族にうまれ変わったルインロリアンのことを。

神から創造されしマイア(精霊)。色を作り出し、世界を彩ったという光の化身。
それがハレンの前世だ。」


大きすぎるその重荷。

ひとりの少女が、たった一人で
抱え生き続けるには、ふさわしくないこの名を、
ハレンはどんな風に受け止め、
今までどんな扱いで、闇の存在と戦い続けてきたのだろう。


ミスランディアには聞かされていた。

本当はわたしから無理やり尋ねたのだけど、

一度だけ様子の違うハレンを知っていたから、
それを察した魔法使いは、わたしの問いにひとつだけ答えると言って、教えてくれたのだった。



「イルヴァタールが最も愛したとされてる。
とは言っても、彼女は精霊としての名を除名されてしまっているから。

いないとされていて同然だろうけど。」



唯一無二と呼ばれる神のイルヴァタール。
世界を作り出した偉大なる存在は、多くの精霊を作り出した。

私たちエルフ、あらゆる種族の原型を作り出すきっかけになったのが精霊だ。

この中つ国では魔法使いも、
本来、精霊というくくりであり、
特別な任をまかされ、この地におりたっている。

このことは、すべての人たちが知りえる真実ではないが、
一部の中つ国の歴史に詳しい者や長年生きてきた一部の者たちなら、
知っていることだった。



「聖なる光の使者は、古くから闇の勢力との戦いに参加してきた。
彼女は善良な協力者であり、貢献もしたが、
そのほとんどは記録に残されていない。

なんでも人を癒す能力に長けていたと聞く。
そうだろう?レゴラス。」


善良な精霊たちは、
サウロンよりずっと前の時代から、闇と戦ってきた。

アラゴルンも当然その歴史を知っていた。


「ええ、彼女は人々に忘れ去られた。
エルフによって歌で伝わっているのも、
一部の者しか信じられてないほど、彼女の存在は表ざたにされなかった。

歴史にあがるたびに、その記録は焼かれたとか。」


存在しているのに、存在ごと消されていたといっても過言ではない。

本来であれば、称えるべき
高貴な精霊だった。


「ともかく、彼女を知る何者かが、
意図的に存在自体を隠そうとしていたのは、事実でしょう。」


エルフの言い伝えにも残されていないくらい、記録は消滅していた。

だから、長い年月を生きたエルフでさえ、知らない。

残されたわずかな伝記と
口頭で言い伝えられた何処かの土地に今も残る伝承が、その魂の生い立ちを知る小さな手がかりになっているだけだ。



「ちょっと待て。

お前たちの話をまとめると、
ハレンは人間じゃないという意味にしか聞こえん。」


ギムリは頭を抱えながら、内容を整理しはじめる。


「人間の娘であることは確かだな。
生まれ変わりなのだから。

使者は転生を繰り返してたとされているそうだ。」


ギムリの疑問にアラゴルンが答えた。


「…転生を、なんのために?」


ギムリはとてつもない話でついていけないとため息を漏らしたものの、
真剣な顔で、アラゴルンに尋ねる。


「…私は先祖から、
伝わる話ぐらいしか知らない。

だから使者については、レゴラスのほうが詳しいか。」


アラゴルンは一度考えたあげく、
推測の域になりそうな回答は控えた。

代わりに、私に視線を送った。



「闇の勢力から逃れるためだよ。

サウロンだけでなく、モルゴスの時代から、
使者は力を利用されて、囚われてきた過去がある。」


モルゴスというのは古い時代の闇の存在だ。

サルロンを生んだ元凶はモルゴスだとも言えるかもしれない。

モルゴスは光に最初の影を落とした。

エルフをオークに変えるばかりでなく、
色んな邪悪な者を作り出した。



「とても残酷で悲しい話だ。

モルゴスは彼女を捕らえて拷問した。
そうすることで、闇に染まらせ、自分に服従させようと試みたんだ。

ーーそして、サウロンは彼は彼女たちを殺し、“魂”を取り出そうとしたって。」



彼女もエルフと同じように、
捕らえられ、拷問を受けた。

苦しみの中で、醜い姿になり、
善良な心を失うはずだった。

彼女も同じく、醜く作り変えられ、
別の種になってしまう、、


そんな非道な仕打ちを受けたのだ。



「…そんなの、どうやって。」


ただ違うのは、

ーーー魂そのものを取り出そうとしたこと。


ギムリは茫然として、問うた。



「サウロンは長い年月をかけて、

使者をいたぶり殺すことで、憎しみを増大させたんだ。

彼女たちは死ねば転生を繰り返す。

それを利用して、赤子問わず殺したと言われている。」



彼女は不思議なことに完全にその魂を消滅させることなく、
溶けるように跡形もなく消えたという。


数奇な運命をもとに生まれた
転生できる特殊な性質を持っていた。

ゆえに、モルゴスは捕らえても、
自分のもとに置くことはできず、苦労したらしい。

だが、転生する度、
見つけ次第、拷問を繰り返し殺した。


それを繰り返し続けた。


「モルゴスの名は聞いたことあるだろう?」


「もちろん。」


「転生の発端を作らせたのはモルゴスでもあるが
詳しい理由は分からない。


だが、確実に言えるのは、
モルゴスが拷問を施し、

彼女に闇の人格を作らせた。」



長年の憎しみ、苦しみ、

募り降り積もり、呪いとなった。


そうして、作り出した闇の人格を

所有しようと、

モルゴスは強く執着したのだ。



「エルフを陥れて、オークを生み出したのもモルゴスだ。

彼はそれ以外の種族も拷問し、
多くのおぞましいものを世に送り出した。

それは大罪とみなされ、投獄された。」


すべての闇の始まりが、その時代に生まれた。


まだ指輪の存在すらなかったころ。


ずっとずっと昔のことだ。



「モルゴスの暗黒時代を終えて、
そのまま安息のときを迎えていれば、

少なくとも彼女たちの闇は
深くはならなかったと思う。

だけど平和は長くは続かなかった。」



モルゴスは精霊たちの制裁を受けて、処罰された。

世界は一時の平和と取り戻したかのように思えた。


だが、問題はそれからだったのだ。



「サウロンはモルゴスの計画の続きを、
実行しようとしたんだ。」



残酷なほど、彼女の運命は


ー――過酷だった。



ーーーーーーーーー



「サウロンはすぐに使者を何人も殺した。
モルゴスの計画と同様、
転生した度に見つけ出しては捕らえたんだ。

使者が短命だと信じられてたのも、
実際は意図的に殺されたからで、

生まれた場所で、周囲に気味悪がられて捨てられたのはほんの一部。

ほとんどは巧妙に、
サウロンが手を回していたんだ。」


話すのも嫌になるくらい、
残酷な連鎖は止まらなかった。


彼女の魂は癒される間もなく、
闇の人格が大きく育つことになった。




「レゴラス、それ何処で知った?」


アラゴルンは不思議そうに尋ねる。
彼も聞いたことない話だったらしい。



「…全部、資料が残っていた。

これ、ハレンが託した手記に挟んであったよ。
きっと使者が口頭で伝えた過去の歴史を記録しているものだ。」


アラゴルンはその言葉に、
何とも言えない顔で、顔を伏せた。

言い表せない嫌悪感、

不快感、悲しみ、そういった空気に包まれていた。



「そんなばかな…。」


ギムリは、そう言って
驚きのあまり、言葉を失い茫然とした。


しばらくの沈黙が流れたあと、



「ハレンは異世界から来た。」



それを打ち明けると、

ギムリは「何っ?!」と大声をあげ、
驚きのあまり立ち上がった。



「一代前の使者が、別世界に魂を送ったんだ。
戦いと無関係な世界でいきられるように。


人間しか居ない世界。
それが##Name1##の生きている世界だ。」


そうなるはずだった。

転生する力があり、次元を繋げる力は
別の世界を引き寄せ、

##Name1##として、
まったく中つ国と関係のない人生を全うするはずだった。



「それじゃ何故中つ国に来たんだ?」


「確かサウロンが呼び出したんだったな。
これには、ガンダルフも想定外だったらしいが。」


アラゴルンが補足する。

後は彼も知っての通りだろう。



「そして彼女はこの世界に来てすぐ、
サルマンに捕まってしまった。

そこでの詳しい話は聞いてないけど、
年月から考えると、2年近くはそこに居たことになる。」


実際に、拷問があったのか、
なかったのかが重要ではない。

そうでもなくても、
監禁されてたこと、恐らく怖い思いをしたことには変わりはないから。


ギムリの顔も蒼白状態となっている。



「わたしも、後にガンダルフから、
監禁されていたと聞いたことがあった。

ハレンにとって耐え難く…
悲しく恐ろしい体験だったに違いない。」



アラゴルンも重い口調で、深く頷いた。



「結果的に、
ハレンはミスランディアに助け出された。

でも、心の傷も深かった。

サルマンが放った
たくさんの言葉の魔法が
彼女を追い込んでしまったんだ。」



サルマンは言葉を使った魔法を使う。

以前、彼女と向き合ったときも、

どれだけの悲しみが彼女の中にあるのか、
計り知れないくらいだった。



「レゴラス。

ハレンは無事なはずだ。

そうなんだろ?
あの忠実な従者も追いついている頃だろう。」


ギムリは心配げに視線を送る。


「…ええ。信じてはいます。ただ‥」


気がかりなことはあった。


「まさかハレンは、
復讐なんぞ考えておらんだろうな?」



その言葉に、

ドキリとさせられた。

私も幾度となく、頭の中に過った不安だった。




「ギムリ。それは…。」



アラゴルンも真剣な面持ちで、こちらを見ている。




「彼女はけじめをつけるためにオルサンクの塔に向かった…。

そういう話ではなかったかね?

もし、サルマンに恨みを晴らすために
ひとりで行ってしまったというなら。

ーーとんでもない事になるかもしれん。」



ギムリの勘が的中してなければいいのだが。


3人の頭に同じことが浮かんでいるのは
間違いなかった。



「そうはさせないよ、ギムリ。」



だからこそ、決意を新たにする。



「万が一そうなったとしても、わたしがさせはしない…。」



星々が夜空を照らしている。

ハレンを守りたい。


「最後まで彼女を守らなくちゃ。
そのためにも私たちは先に進むんだ。」


その想いは強くなるばかりだった。
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