命のナマエ

□(33)
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前方には広大なローハンの地が広がり、
雲ひとつ無い空を隔てるように、霧ふり山脈が横たわり、メセドラスの頂が白く光っていた。

左手の果てには、ファンゴルンの森が遠くかすんで藍色に映り、
森から続く大河はこちら側へに近づくつれ、川幅も狭くなり、水の流れもだんだんと速くなっていた。


「エント川だ、オークの足跡もある。」


アラゴルンはその足跡を追いながら、森のほうへと視線を向けた。



「あれが何なのか見えないか?レゴラス。」


はるか遠くに、黒っぽい影がぼうっと浮かび上がり動いている。



「何でしょう、人…?
それもかなりの大所帯に見えるけど。」


「ぼんやりとだが、近づいてくるぞ…。」


ギムリも頷いて、必死に目を凝らしている。
その間に地面に伏せていたアラゴルンは、
先に見える長い黒の帯に、思い当たる節があったらしい。



「――ああ、騎士たちだ!」


その瞬間、アラゴルンは声をあげ、立ち上がった。
おそらく彼らが大地を轟かせていた馬の正体で間違いないだろう。


「えーと…数は105人。髪は黄色、槍を持っているのが見えますね。
指揮者は、背の高い人間。

分かるのはこれくらいですが。」


「やはりローハンの騎士で間違いなさそうだな。
さすがエルフの目は鋭い。」


「5リーグも離れてないから、これぐらいは普通ですよ。」


一方で、レゴラスはアラゴルンの賞賛をさらりと受け流しながら、
必死でハレンの姿を探していた。


(いない、あの中には…。)


落胆する気持ちを押し込めて、
今は遠い場所を飛んでいることを切に願った。


「ホビットはいないのか?」

「…いない。人間だけだ。」


ギムリはその返答に難色を示し、顔をしかめた。


「どうする、アラゴルン。
こんな何もないところで、連中に囲まれでもしたら逃げられんぞ。」


明らかにそこを立ち去りたい空気を醸し出す彼に、
アラゴルンは冷静に首をふった。


「待つとしよう。」

「ホビットの姿がないのにか?」

「彼らは私たちとは逆方向から来た。
つまり、オークたちと接触したか。近いところを通ってきた可能性がある。

どんな知らせにせよ、何か聞きだせるかもしれない。」


アラゴルンの言葉には“一理あるが…”と、
ドワーフの友人は、一層眉間にしわを寄せる。

その直後、諦めたようにため息をついた。


「ぜひその時は、槍の穂先を頂戴しないことを願いたいもんだな…。」


その言葉があまりに現実になりそうで、
わたしは苦笑せざるおえなかった。


ーーーーーーーーーー


待っている間、
わたしたちは身を寄せ合い、マントで身体をつつみ、姿を隠していた。
奥方にもらったこのマントは不思議なことに、
人目を避け、はおれば自然物の岩のように見せることが出来るのだ。


「で、アラゴルン。

あの騎士たちと、面識はあるのかね?」


ギムリの問いに、アラゴルンは頷いた。


「ああ。彼らとは、付き合ったことがある。

誇り高い人種だ。
心は誠実であり、行動も高潔だし。
大胆であるが残忍性はない。」



その言葉に、ギムリも不安が取り払われたようだが、
すぐにアラゴルンは咳払いをして、顔をそらしはじめた。


「ただ…―ー」


「ただ?」


言葉の続きを濁したアラゴルンに、わたしは聞き返す。


「意地っ張りで、学問は無いな。」


「それを私たちはどう受け止めるべきかね…。」


アラゴルンの率直な答えに、
ギムリは複雑そうな表情で深いため息を落とす。


「仕方あるまい。
欠点のない者はいないのだから。」


そんなギムリの胸のうちを案じるように、
アラゴルンはそっと慰めるような口調で語りかける。


「だが、かくいう私も、
最近のローハンに、どんな動きがあったのかは知らない。

…サルマンとサウロン。この二つの脅威に挟まれて、どんな考えと立ち位置でいるのか。

少なくともオークを好まないのは、我らと共通する。」


そう紡いだ話題によって、
わたしたちの間には重い空気がたちこめる。

たとえアラゴルンがローハンの騎士を知っていようとも、
実際にどれだけ友好的な存在なのかは分からない。

しかも万が一、敵対しなくていい関係を築けたとしても、
こちらの行動に協力をしてくれるとも限らないのだから。



「ローハンといえば、
ガンダルフが話してましたな。

“モルドールに貢献している”という噂があると。」


ギムリが聞いた話は、
わたしも同様にミスランディアから聞いていた。


「ボロミアは否定していた。
私もそれはあくまで噂だと思っている。」


「どちらにせよ、真相はすぐ分かる。

そうでしょう?
彼らが近づいてきているんですから。」


遠くから響いていた馬の蹄の音は大きくなり、雷のような轟とともに、
風のような速さで軍勢が通りすぎていった。

辺りを警戒して見回している騎手もいるものの、
当然のごとく、わたしたちの姿をとらえることはなかった。

そして騎士たちの行列が過ぎ去るまで、じっと待ち続ける。
最後の騎士が過ぎ去ったあとで、
アラゴルンはサッと立ち上がり、彼らに聞こえるように大声で問いかけた。



「ローハンの騎士たちよ、北の国の便りはいかに!?」
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