命のナマエ

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私たちは休まずに走り進めた。
途中、何故かハレンによく似た人物がいた気がする。

伝承でしか語られることのない美しい翼を持つ存在は、
今もこの世界に実在しているのだろう。

同じく翼を持つ鷲が悠然とした姿で、
天高く舞い上がっているのが見えた。

あの鷲は一体、何処に向かったのだろう。





「止まれっ!」


突然、アラゴルンが声をあげて立ち止まった。

私は咄嗟に歩みを止めると、
遅れていたギムリが息を切らして近づいてくる。


「少しの間、此処で待っててくれ。」


頷いて、アラゴルンの指示に従っている間、
彼はその周囲を歩き回り、手かがりを発見していく。


「やっぱりだ、ホビットの足跡に違いない。」


地面に落ちていた何かを拾い上げると、
急いでこちらに戻り、それを私たちに見せてくれた。


「「エルフのマントのブローチ!!」」


その瞬間、わたしとギムリは顔を見合わせる。

アラゴルンの手の内に収まったブローチは、
マントと同様、奥方から旅の仲間にひとりずつ支給されたものだ。


「ロリアンの葉っぱは、あてもなく落ちはしない。
偶然落ちたものじゃなく、意図的に落としたんだ。」


メリーとピピンの無事を再度確かめるように、
ブローチをぎゅっと握り締めたアラゴルンはそう断言する。



「私たちに気づかせるために…ですか?」


「ああ。誰かが後を追ってくることに賭けたんだと思う。」


そう語るアラゴルンの瞳には希望が満ちていて、
当然ながらギムリも私も心から安心していた。



「ともかく、小さい人は生きているんだ!

こんな風に頭を働かせるなんて、いざという時の行動力と機転には驚かされるよ。」


ギムリは彼らの危険を顧みない勇気に加え、
いざという時の判断力に深く感心して、何度も目を瞬かせる。



「心強いことだ。追ってきたことは、無駄じゃなかった。」


追跡をしているとはいえ、
なかなか彼らの足取りが掴めるものは少ない。

さきほど数人のオークにはたどり着いて。
無残に殺されている所を発見したばかりだが。

今後の進路について内部揉めが起こったというのが彼の見解で、
正確な情報だと証明できたようなものだ。



「しかし、こんな大胆なことをして、
ひどい罰を受けてないかが心配ですね。」


おそらくメリーとピピンは、休憩をまともにとれていない。

彼らの小柄な体では体力の限界だし、
ずいぶん無理に歩かせているのではないだろうか…。


「それにしても、ハレンはこれに気づかなかったのか、
はたまた別の道を進んでいるのか。

…彼女の足跡がないな。」


アラゴルンはこの場に形跡が見られないハレンを気にしていた。


「ハレンなら、大丈夫です。」

「レゴラス。その目で見える位置にいるのか?」


ギムリが不思議そうに問いかけ、
しきりに空を仰いで目を凝らそうとしている。

その様子にわたしは苦笑して、首を横に振るのだった。


「人っ子ひとり見えません。
でも彼女は、ホビットとかなり接近しているような気がする。

生きていますよ、絶対に。」


メリーとピピンの無事が分かったとしても、
ハレン自身の身の安全を保障するものではない。


「レゴラスがそう言うんだ。間違いはないな。」


先にオルサンクにたどり着いたとしても、
サルマンに捕らえられてしまうかもしれないし、
元より別の道を進んだ可能性さえあるのだから。

それでも、アラゴルンは悲観せずに私の答えに同調してくれた。


「さあ、急ぎましょう!
あの愉快な若者達が家畜のように追い立てられて行くかと思うと…。

私の胸は、今にも煮え繰り返りそうなんですよ。」


苛立ちを隠すことはしなかった。
3人はすぐに追跡を再開するべく走り出す。

どこまで行けば、仲間のもとにたどり着くのか。
長い長い探索の旅が、わたしたちを待ち受けているだろうと思った。



ーーーーーーーーーー


結果的に、私たちとオークたちの距離は縮まることなく、広がり続けた。
オークは夜を眠らずに野を駆けることができるからだ。

最初こそ、私たちも足を休めることなく追跡していたけれど…。
たった今、話し合いを経て、仮眠をとることになった。




ぼんやりとか霞んでいる大地の彼方。
辺りはまだ暗く、天にはまばらに星が瞬いている。


「…レゴラス。様子はどうだ?」

起きてきたアラゴルンが、ゆっくりと近づいてきた。


「何も見えませんよ。きっとずいぶん引き離されている。」


少し小高い丘から見下ろしたところで、
もうすでに“時は遅い”と分かりきっている。



「いまや追いつけるのは鷲ぐらいか…。」


(彼らは…この辺りを住処としているのだろうか。)

アラゴルンがため息混じりにそんな話をするのを聞きながら、
先日も遠くで飛んでいた鷲の姿を思い出した。


「もしくは、ハレンかも。」


アラゴルンは一瞬目を瞬かせながらも、
ああそうかと深く頷いて、納得していた。


「伝説の話なら知っている。
――聖なる光の使者は、戦場で翼を持ち、飛んでいたと。」


聖なる使者は、
かの昔から、その力を翼として変化することができた。

紫の使者が戦場へ赴いた時の姿は、まさにそれだったらしい。
翼があるからこそ、戦場を自由に移動し、
多くの者に癒しの力を振りそぐことができた。

そのため、戦いを共にしたエルフたちの記憶にとまり、
裂け谷では一部の伝承がひっそりと詩として語られてきた。

アラゴルンは、幼少期からそれを耳にしていた環境下があったからこそ、
“聖なる使者と自分が無関係ではない”と知れたらしい。



「ひとつ聞いていいか。」


気がつけば、アラゴルンが真剣な瞳でこちらを見ていた。


「ハレンとの関係だが…。想いは通じたのだろう?」


(その質問の仕方は、もう両想いだと分かっているような…。)


「何故、分かったんですか。」


根負けしたわたし認めざるおえず、そう尋ねる他なかった。


「なんとなくだな。
ロリアンを出た後くらいから、親密さが増したように見えた。」


旅の先導者として、忙しいと言っては、
こちらの相談事には見向きもしないといった様子だったのに。

その間、アラゴルンは傍観を貫いていただけということか。



「なるほど、経験者のカンなのかな。

ギムリにもまだ言ってませんがね。
ハレンと私は晴れて恋仲ですよ。」


正直打ち明けて、すっきりしていた。

想いが通じたところで手放しに喜べないとしても、
ハレンとの関係が、こうして友人に話せるまでになったことが単純に嬉しかった。


「良かった。
あれでいて、ガンダルフも気にかけてたから。
きっと彼も安心するだろう。」


アラゴルンの表情は心底安心しているように見えた。
“ミスランディア”…その名を聞いて思い出す。
もし彼が生きていたなら、優しく私たちを見守っていてくれただろうか。


「さあ、ギムリ。起きてくれ。
足跡がうすれて分からなくなる。」


そんなことが頭によぎっている間に、
アラゴルンは、いまだ地面に横たわっているギムリの肩を揺らして、声をかける。



「なんだ、まだ真っ暗いじゃないか。
いくらレゴラスでも、日の昇らぬうちは何も見えないのだから、
もう少しくらい寝かせてほしいものだ。」



もそもそと身じろぎして、あくびをしながら起き上がるギムリ。
辺りをきょろきょろと確認した挙句、アラゴルンに文句を告げる。



「ギムリ、それは違うよ。
月光のもとであろうと、日光のもとであろうとね。

丘の上からでも、平地からでも、
彼らの姿はわたしの視力には及ばない場所に行ってしまった…。」


それを聞いたギムリはやれやれといった様子で立ち上がり、私の隣に並んだ。



「視力が届かぬ場所だとしても、
大地は知らせをもたらせてくれるかもしれないぞ。」


アラゴルンはそう言って、
地面に耳をつけて、しばらくの間じっとしていた。


「敵の足音は遠くかすかだ。
代わりに、馬の蹄が大きく聞こえてくる。

西に通り過ぎた、それが今は北に向かっている。」


アラゴルンの見立ては確かだろう。
その聞こえた馬の蹄は、一体、誰のものなのか。

新たな敵か、味方か、はたまたそれ以外なのか。
それさえも、今の私たちには未知だ。


「…北か。」


ギムリは神妙な顔で呟く。


「行こう。」


わたしとギムリは、アラゴルンの言葉に頷く。

その地に、何があったのだろうか。
今はともかく足を進めるしかなかった。


33 wanderer-放浪者-
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