命のナマエ

□(30)
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――…ミスランディア、ミスランディア…


ガンダルフの事を偲んだエルフの歌が、風にのって聞こえてくる。


ガラドリムたちが、今日も彼のために、
歌を作っているようだった。


フレトの外に出た後、
時折足をとめて、それを聞き及んでいる仲間たちは、
瞬く間に次第に増えていき、いつしか皆で輪になってガンダルフに思いを馳せるのだった。

その中には、歌の意味を知るエルフの姿もあった。




「…レゴラスさん、あの歌の意味は?
なんと歌っているの?」


ピピンが不思議そうに聞くが、
レゴラスは目を伏せて首を横にふるばかりで、その意味を語ろうとはしなかった。



「私の口からはとても語れない。

悲しみの種になるだけばかりか。
到底、歌にもなりそうにないよ…。」



いまもなお、ガンダルフの死は、
レゴラスでさえ、そう言わしめる深い傷跡を、
仲間たちに与えて続けている。



もし歌の意味を知れば、
ホビットも我々も、またあの日を思い出して、傷口に塩を塗るような事態になりえたかもしれない。


だが、そうはならなかった。


後は、誰もが口をつぐんで、ひたすら歌に耳を傾けていた。




ふと、ハレンの姿が見えないことに気づく。

先ほどは確かに此処にいたのだが…。


不審に思い、仲間の輪からそっと外れると、
辺りを行ったり来たりしつつ、ハレンの姿を探し回った。



「ハレン、どうした?

珍しく、こんな所に一人か?」



やっと見つけた彼女は、
一本の木を目の前に呆然と立ち尽くしていた。


「ボロミアこそ、どうしたの?

あたしは見晴らしのいい樹を見つけたから登ってみようと思ってたんだけど…。」


思ってもいなかった言葉に目を見開いたが、
ハレンはこちらの様子を気にとめることなく「立派な樹ね」と感心している。


俺がますます意味が分からず
「何故、急に木登りなんだ?」と尋ねると、
彼女は笑って「ただのきまぐれよ。」と単純な答えを返してきた。




「貴方もくる?」

「…いや、遠慮しておこう。」



不思議そうに首をかしげていた彼女に、
俺は人間らしからぬ部分を垣間見る。



「エルフの地で木登りとは、
ますますエルフのように思えてくるな。

怖くはないのか?」


まったくその言動も行動も“エルフとそっくり”なのだが、
彼女はそれに気づいていないらしい。



「今は怖くないわ。

高い場所から風景を眺めていると、
気がまぎれるの、色々と。

木登りは意外と楽しいわよ。」



しばらくの間、俺とハレンは、
一緒になって樹を見上げていた。


そうしていると、
なぜか故郷で過ごした日々と重なって、懐かしい思い出が甦ってくるのだった。



「…子供の頃はよく、
弟のファラミアと登ったものだ。」



ふいに“ファラミア”の名を出せば、
ゴンドールに帰りたいという願いがより強くなった。



「ボロミアは、小さい頃からご兄弟と仲が良いの?

前に話してくれたわね。
弟さんが会議に来るはずだったって。」



ハレンは家族の話を聞くのが好きなようで、
以前もよく「デネソール公ってどんな人?」とか「お母様のことは覚えてる?」と質問をしてきた。

その度に、“この子もまだ家族を欲する年だろうに”と胸が痛みながらも、
せめてもの報いにと、こころよく話しをしてやろうと思うのだった。



「ああ、そうだな。

幼い頃のファラミアは泣き虫でな、
よく俺の後ろについて歩き回っていた。

けれど子供ながらに、それが愛くるしくて、
守ってやらなければならないと実感していた。」



自分より小さいな存在は、
どうしてこんなにも保護欲が掻き立てられるのだろう?


まとわりつく弟を、無碍にする気持ちは湧かなかった。

代わりに芽生えたのは、兄としての威厳と正義感だった。



「今は、立派に役目を果たしている自慢の弟だ。

俺なんかよりはるかに、頭も良いし、勘も鋭く、先見の目もある。

自分に出来るのは、弟の代わりになって、
一刻も早く、故郷の助けになることくらいだ。


…なんとかゴンドールも持ちこたえてくれると良いんだが。」




大人になるにつれ、
自分が受け継ぐことのなかった力を、弟は持っているのを悟った。
けれど、ずっと兄弟仲は良かったし、嫉妬や競争心とは無縁でいられた。


今はただ、ゴンドールが気がかりだ。




「故郷がどんな状況なのか…不安なんだね。」



ハレンの表情が曇った。



「ああ。モルドールとの長年の戦いで、ゴンドールはかなりの戦力を失った。

民も疲弊し、戦意も削がれ…生活も苦しい状況へと変わってしまったんだ。

俺は少しでも国に報いたい。

そして、大将としての責務を果たしたい。」




次第に俺の心には焦りが募りはじめていた。


ゴンドールに焦がれ、救わなければという使命感は日に日に強くなるばかりか、
どうしたら救えるのだろう?という不安ばかりが押し寄せる。



「そのためには、モルドールと人間の戦いを終わらせなくては…。」



ハレンにはそう言ったものの、
この先旅を続けていく事にも、陰りが見える。


このままでいいのか?と募っていく不満に、
指輪がつけ込んだのも無理はなかっただろう。


俺はロリアンを出発してから一層、
『ゴンドールにあの指輪を持ち帰ることが出来たなら…』と何度も夢見るようになる。

そうして、無意識のうちに、
指輪の思惑に嵌っていくのだった。
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