命のナマエ

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―ー…何故、もっと彼の隣にいて話を聞いたり、気にかけたり出来なかったんだろう。



気づいた時には、すでに遅かった。



ロリアンに居る時は、あたしは自分の事ばかりに気がいってて、
肝心な物語の進行を把握しているにも関わらず、その重要人物にコンタクトをとる行動をせずにいたのだ…。



その間にも、状況は、


彼の気持ちは、


揺れ動いていたというのに。



あたしはずっと彼のサインを見逃していた。




「アラゴルン。
こんな小船は捨てて、西に進もう。
ミナス・ティリスに着く…。そのほうがずっと安全だ。」



明け方になって、ボロミアはそう言った。

ミナスティリスには多くの仲間がいるから必ず旅の助けになると、
彼はかねてから思っていたようだった。



「いや、そうとは限らない。

ミナス・ティリスの道中にあるエント川流域は沼が多い。
あれを徒歩で渡るには、苦戦をしいられるだろう。
ましてや、私たちは荷物を抱えているし、霧が出たらそれ以上に危険だ。」


けれど、アラゴルンは外部の助けを得られるかどうかよりも、
何よりも旅の進路に慎重だった。


何故なら、体力のないホビットに女性のあたしが同行している事を加味するし、
大勢の仲間が長距離を移動することを考ええれば、最も安全な選択肢――

つまり、敵に見つからないコースで進まなくてはならないからだ。



「…そうはいうが、東の岸は敵に抑えられているに違いない。

このまま川を渡っていくとして、
我々は一体、どこに向かうというのだ?」



アラゴルンの言い分に、ボロミアは反論する。

このまま川の流れに身を任せるとしても、
いつかは進路を変えなければならないはずだ。



「ボロミア。

船をかついで昔の古い道をたどり、ラウロスの滝に出れば、また船を使えるのだ。

分かるだろう?
偉大な王たちの御代に作られた道だ。
さては、知らないふりでもしているのだな?」



討論の過程で、やや躍起になったボロミアを、
アラゴルンは冗談っぽくあしらっている。



「…ともかく俺は反対だ。

ミナス・ティリスに行くべきだ。」


そう一点張りしはじめるボロミアに対して、
アラゴルンは困ったなという表情で、小さくため息を落とした。



「フロド、貴方はどう思うか?」



旅の進行の決定権は、
指輪保持者であるフロドが最優先であることは言うまでもなく、
アラゴルンがそう尋ねると、皆の視線がフロドに集中した。



「アラゴルンの案がそれほど不可能なことだとは思いません。

できたら、沼を通ることも避けたい。
それが安全な道だと思う。」



フロドのもっともな意見に、
皆は納得の表情を浮かべる以外なかった。


その仲間たちの様子を見ていたボロミアも、
それならば仕方ないと折れたようだ。



「不本意ではあるが、フロドがそういうなら、
俺はその案に乗るしかなかろう。

困っている友人を見捨てるようなまねは、国の名誉に背くからな。

丘の上までは手助けするし、お供できるだろう。」



一方、ボロミアは、もう悩むことなく、
覚悟を決めているようだった。

だけど『丘の上までは』という言葉がひっかかる。




「ただし――そこから先は、国に帰らせてもらう。

たとえ、旅の仲間が誰ひとりとしてミナスティリスに賭けなくても、
あなた方は悔やまれることもない。

こっちが勝手に帰るというだけなのだから。」



そう淡々とした口調で彼は告げた。


話題はそこで打ち切られ、
誰一人としてボロミアの言葉に、声をあげるものはいなかった。



ーーーーーーーーーーー



ーーーーーーー




あれ以降、ボロミアは途端に、
ひとりで居ることが多くなった気がする。



タイミングを見て話しかけるも、
船旅では二人きりになれる時間はないし、
こちらが心配しても、彼は笑ってたいしたことないと言い切ってしまう。


旅は順調に進んでいて、アラゴルンの言ったとおりの進路で、
無事、滝までたどり着けたし、
ゴンドールの北の門アルゴナスも望むことが出来た。


アラゴルンは、偉大なる王…アナリオンとイシルドゥアの石像を見上げながら、
意気揚々としていたけれど、
あたしは不安な気持ちが抑えられなかった。


ボロミアはしきりにフロドをちらちらと見つめているようだった。
そしてその頻度は、日に日に増していくように思えたからだ。



(指輪に支配されかけてる…。)



その不安が確信へと変わっていくのに、時間はかからなかった。

ボロミアの身に起こってしまう、
残酷な運命の末路が、現実になってしまうことを恐れていた。



(早く、とめなくちゃ。)



避けたい未来を、
あたしは必死に変えることが出来ないかと、模索し続けた。

けれど思いもむなしく、ただ時ばかりが過ぎ去っていった。
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