命のナマエ

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―――レゴラスは優しかった。


あたしには、

もったいないほどの言葉をたくさんくれた。



聖なる使者であることを彼に打ち明けた。

異世界から来たことも、

過去あった贖罪のことも、

彼は責めることなく、嫌うこともなく、

全てを受け止めてくれた。


レゴラスはあたしが聖なる使者だということを知っていたと言う。

知っていたのにも関わらず、
今まであたしから話す瞬間を待ってくれていた。


情けなくて、悔しくて、


…涙がこぼれた。




「話してくれてありがとう。」



彼は優しげに微笑んでくれる。


なんでお礼を言うんだろう。

なんで彼は、そんなにも穏やかな顔で見つめているのだろう。



分からない、

ううん…分からないことにしたいだけだ。



あたしは、理解できないんじゃなくて、

理解できないふりをしたかっただけかもしれない。



彼が優しい理由も、

彼が全てを受け止めてくれる理由も、

いつも傍にいてくれることも、

こうやって気持ちを伝え続けてくれることも、

理解できないはずがない。



大切に思ってくれてる…その気持ちが、


嬉しくて、堪らなかった。



「ねぇ、ハレン。
幸せを得るのに、権利は必要だろうか?」



その言葉は、純粋な疑問のように聞こえた。


自分の中では、何度も繰り返されてきたはずの戒めが、
何故かその時だけは、不自然なものに感じた。



「ハレンにとっての幸せってなんだろう。

それを拒む理由は本当にあるのかな?

幸せに何か条件や人選が必要なのかな?

私にはそれが分からない…。」



彼はただ問いかけただけなのに、
自分の心がわずかにざわついた。

いくら考えても、言葉は出てこなかった。

彼と同じように、
あたしにも分からなかったから。



「権利のことは分からないけれど、
少なくとも、これだけは言えるんだ…。」


いつの間にか、混乱と感情の高鳴りで、
涙があふれている。


泣くのを止めようという理性的な意識を働きかけようとするのに、
彼が優しくそれを指先でぬぐうから、余計にぼろぼろと泣いてしまうことになった。






「ハレンがずっと今まで、生きていてくれてよかった。

私はそれを一番感謝しているよ。」



なんてタイミングで言うのだろう…。


もっと泣いてしまうじゃないと、
ハレンは心の中で悪態をつくが、彼はさらに続けた。



「ハレンを好きになった。

傍にこうしていられることも、

全部、ハレンが生きててくれたおかげだ。」



まさか、そんな言葉を言われるなんて、
思ってもみなかった。


まるでこの命が生まれてきたことを、
祝福するような温かい言葉だった。



「ありがとう、私と出会ってくれて。

ありがとう、この世界に来てくれて。」




―――中つ国にきてしまったわずかな後悔と、今までの苦悩が、一瞬で洗い流されるような、

神聖で、歓喜に満ちた賛辞だった。


まるでこの存在を、肯定してくれるような言葉に、あたしは初めて…
この世界に来たことを、心から感謝できた。



―――この運命さえも、過去という重い足枷さえも、

誰かに許される日が来なくても、

自分で許すことがこの先出来ないとしても、

彼にだけは許されているように思えた。



…溶けていく、と思った。


心の中に重くのしかかったままだった



罪悪感と、苦痛が、


悲しみと、怒りが、


混ざり合った複雑な感情の渦が…。



塔のように積み上げてきた感情の鎖が、


やすやすと、脆く、崩れ去っていった。




レゴラスの腕に包み込まれる。
温かくて、ひどく安心した。



今はただ泣いていたいと思った。


全てを忘れて、ただ彼の優しさに甘えたかった。


26 Flower garden-花畑-
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