命のナマエ

□(23)
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―――――――

時は、3018年9月。


あれは遠乗りから帰宅後の、
突然に起きた出来事だった。

執務中のはずの父が、
城中のどこを探しても見当たらないと、従者たちが騒いたのだった。


それを知った私は一人、森にやってきていた。


ようやく発見した父が連れていたのは、
何故か森でさ迷っていた人間の少女で…。

よく見れば、彼女の右腕には擦り傷があった。


「怪我をしているね。
巻き込んでしまったようだ、すまない。」


そう声をかける私に対して、
娘は「平気です。」と気丈に答えた。



――それが私とハレンとの初めての出会いだった。






「小さな傷でもちゃんと手当てすべきだよ。」


「うむ、わしの館に来るがよい。
先ほどの足も一緒に見て手当てしよう。」


「この程度なら自分で出来ますし、足は怪我してないですから。」


ハレンは否定して立ち上がろうとする。

しかし、痛みに思わず顔をゆがめて、
その場から動くことが出来ないようだ。

私は彼女に手を貸して、急いでその場に座らせた。


…どうやら、足をひねっているらしい。



彼女もすぐに自分の状況を悟ったようで、
改めて手当てをすると申し出ると、彼女はこくりと頷いた。


「分かりました、お願いします。」



その瞳は吸い込まれそうな漆黒。
同じ色をした髪が、風に靡いていた。



―――静かな女性だなと思った。


だけど彼女はきっと心の中に、芯を持っている聡明な人なのだろうと、
何となく、私は感じていた。



それが当初のハレンに抱いた感情。



――後に、彼女の存在がこんなにも私の中で大きくなるなんて…、

今まで出会ったきた誰よりも愛おしいと感じる存在になることなんて、

その時は知るはずもなかったのだけど…。
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