命のナマエ

□(22)
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現に彼女もまた、
闇によって、悲しい運命を辿るしかなかった。



『――…何故、戻ってきたの?』



再会したのは、エルフの地だった。


イシルは彼女から貰い受けた力が加護となり、幸運なことにも、闇に染まることは回避できた。
しかしながら、もう、人型を成すほどの力は残されてはいなかった。



『…私は―――様の従者です。』




彼女は青い長髪に白い服を身にまとっていた。

その姿は以前とずいぶん異なっていた。

ことの有様を知らぬ者からしたら、
きっと、ただのエルフだと思うに違いない。



『その名の聖霊は何処にも居ない。

私はもうエルの加護を得ていない。
聖霊の名を捨てたのです。

だから不死でもない。
貴方とはこれから、生きる時間も、生きる場所もすべて違うでしょう。』


淡々とした口調。

それは冷たさを含んでいるが、
決して彼の好意を無下にしたいのではない。


彼女はもう最愛の神と生きる術を失った。

聖霊でなくなることで、
自らの闇を遠ざける道を、選び取るしか他なかった。



『イシル…、貴方はもう十分役目を果たした。

その姿になってまで義理を通す必要はない。』


足取りのつかめなかった彼女を探し出すには、
長い時間がかかってしまった。

それでも、此処までたどり着けたのは、
彼に宿っている“空間をつなげる力”があってこその結果だった。


そしてやっとの末に、ロスロリアンに匿われている彼女を見つけられた。



『安らかな死が、私の中の闇を…。
その息の根を止めてくれるように、此処で祈っているのです。

その先に、貴方は来てはいけない。』




二人の間を、冷たい風が吹き抜けた。



青い髪が靡く。
その瞳は悲しみにわずかに揺れていた。

エルフの土地で、ルインロリンアン(蒼の夢)と名乗っている彼女は、
どんな事を思って生きているのだろう。


このアルダで、

死ぬことしか出来ない身を、

決して二度とエルの元に帰れぬ運命を、


どんな思いで、この地に立っているのだろうか…。


イシルはそう考えただけで
心が張り裂けそうな感情を抱いた。




『どうして、主である貴方から離れる事など出来ましょうか…。
私の役目こそ、主を守ることでした。

守りきれなかった私に罪があるはずです。』



イシル…銀色の獣は言った。



この姿は代償なのだと、

彼はもう心に決めていた。


―――自分の運命をどう生かすかを。


―――残されたこの力をどう生かすかを。




『共に罪を背負いましょう。

この身に宿る、貴方の力と共に。

私も一緒に行きます。』



ルインロリアンは困ったように顔をしかめる。

けれどその後、
彼女はふわりとイシルを抱きしめたのだった。



『…では、そうなさい。

イシル、この先の私を見守ってください。』



『御意、貴殿のお心のままに――』



『魂の転生、それは長い旅になりましょう。』



冥王モルゴルが去ってからも、
その後の歴史から、その名は消えなかった。

その所業を引き継いだサウロンが、
冥王とで呼ばれるようになり、
時代は、また別の物語へと移行していった。


闇の痕跡は癒えぬまま、

転生を繰り返し続けた聖なる光の使者は、

その時代の中で埋もれるようにその身を隠し、
次第に人々の記憶から忘れ去られていった。


―――名もなき聖霊が存在した証は、


今も、此処に息づいている。



力を宿した銀の指輪。

運命を共にした銀色の獣。

このロリアンの地が、
ルインロリアンの生きた証であり、
その最後は静かなものだったと伝えられている。
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