命のナマエ

□(22)
1ページ/8ページ



イシルのその深い瞳が、あたしを捕らえる。
その瞬間、古い記憶が呼び覚まされたかのように、
脳裏にたくさんの映像が流れ込んでくる。

その渦に、あたしの意識は落ちた。




―――― ―――-----


白い柱と、真っ白な床が織り成す小さな宮殿。

そこは彼女の住処になっている場所で、

同時に彼にとっても、掛け替えのない居場所だった。



――ーイシル、それは月からとった名前だった。

目覚めた彼の髪や目の色、
その穏やかな雰囲気は、静寂で美しい月を連想させたからだった。



『貴方の名前…そうね、イシルはどうかしら?』


彼と初めて出会った時に、私はそう名づけた。



『イシル…。』


言葉の音を反芻して認識する。
まだ目覚めたばかりの彼はまだはっきりと覚醒していないようだ。


『名前がないと不便でしょう。
貴方の名前、気に入らなかったかしら?』



『…貴方は…?』


此処でやっと視線が合った。


彼の瞳は私の姿をとらえて、その姿を凝視した。


かろうじて人型を成しているが、
身体の輪郭の薄く、透き通った身体をしている女性。

これが当初の“聖なる光の使者”の姿だった。

その身は光輝いていて、様々な色が多彩に交じり合っており、
背中には数枚の羽が折り重なり、それはまるで衣装のように美しく映えている。



『私は、貴方の主人よ。
これからはイシルは私の従者になる。

生まれたばかりの貴方だけど、エルもご承知してくださったわ。』



『…エル?』


イシルは問いかける。

彼の声も獣の時とは違い、
やや細くこれもまた美しい声色をしていた。


今の毛並みを思い出させるように、
銀色の髪をした美しい聖霊が、当初のイシルだったようだ。



『私たちを生み出したお方よ。

この虚空にいる唯一神である。
イルーヴァタールとも呼ばれているわ。』



『……。』


そう、私たちは神から作り出された最初の存在…聖霊だった。

聖なる光の使者は色を生みだす力を持ち、
また癒しの力も兼ね備えていた。

今はほとんど知られていないけれど、
ガンダルフやサルマンといった魔法使いも、
あの時代は皆、聖霊と呼ばれていて、
神によって授かった力をそれぞれ持っていた。

そして、あのサウロンも当時はまだ美しい聖霊の一員に過ぎなかった。

時はまだ人間もエルフも存在しておらず、
アルダ(地球)という世界さえも創造されていなかった。

そんな時代に、
私たちはエルの手によって、創造された。

ーーーそれが全ての始まりだった。



『すぐに此処にも慣れるわ。
少しずつ、覚えていきましょう?』


主である彼女はそう言って微笑む。



「はい、―――-様。」



そして彼はおずおずと、差し出された主の手を取ったのだった。





22 metempsychosis-輪廻-


―――― ―――-----


それからどれぐらい経っただろう。

耳を澄ますと、美しい音色が聞こえてくる。

心が洗われるようなメロディと繊細で調和した歌声。

それを歌っているのは…私だ。





『…――――様。ご機嫌はいかがでしょうか?』


『悪くはないわ。』


『先ほどは何を歌われていたのでしょう?』


彼女は弾いていたハープから手を止めて、
イシルに視線を移すと、にこりと微笑んだ。


『エルは詩がお好きなの。
出された主題について自由に歌うのよ。』


『それで練習を?』


『ええ。イシルは歌える?』


『いえ、私は音楽をあまり嗜みませんので。
お力にはなれそうにありません…。』


イシルは顔をしかめた。
それを気にするそぶりも見せず、彼女は傍らの椅子を指差した。



『いいのよ、さあそこに座って。』


『…――ー様?』


『私は観客がいた方が捗るの。
これも、立派な従者の仕事のうちよ。』



『はい…仰せのままに―――』
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ