命のナマエ
□(22)
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イシルのその深い瞳が、あたしを捕らえる。
その瞬間、古い記憶が呼び覚まされたかのように、
脳裏にたくさんの映像が流れ込んでくる。
その渦に、あたしの意識は落ちた。
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白い柱と、真っ白な床が織り成す小さな宮殿。
そこは彼女の住処になっている場所で、
同時に彼にとっても、掛け替えのない居場所だった。
――ーイシル、それは月からとった名前だった。
目覚めた彼の髪や目の色、
その穏やかな雰囲気は、静寂で美しい月を連想させたからだった。
『貴方の名前…そうね、イシルはどうかしら?』
彼と初めて出会った時に、私はそう名づけた。
『イシル…。』
言葉の音を反芻して認識する。
まだ目覚めたばかりの彼はまだはっきりと覚醒していないようだ。
『名前がないと不便でしょう。
貴方の名前、気に入らなかったかしら?』
『…貴方は…?』
此処でやっと視線が合った。
彼の瞳は私の姿をとらえて、その姿を凝視した。
かろうじて人型を成しているが、
身体の輪郭の薄く、透き通った身体をしている女性。
これが当初の“聖なる光の使者”の姿だった。
その身は光輝いていて、様々な色が多彩に交じり合っており、
背中には数枚の羽が折り重なり、それはまるで衣装のように美しく映えている。
『私は、貴方の主人よ。
これからはイシルは私の従者になる。
生まれたばかりの貴方だけど、エルもご承知してくださったわ。』
『…エル?』
イシルは問いかける。
彼の声も獣の時とは違い、
やや細くこれもまた美しい声色をしていた。
今の毛並みを思い出させるように、
銀色の髪をした美しい聖霊が、当初のイシルだったようだ。
『私たちを生み出したお方よ。
この虚空にいる唯一神である。
イルーヴァタールとも呼ばれているわ。』
『……。』
そう、私たちは神から作り出された最初の存在…聖霊だった。
聖なる光の使者は色を生みだす力を持ち、
また癒しの力も兼ね備えていた。
今はほとんど知られていないけれど、
ガンダルフやサルマンといった魔法使いも、
あの時代は皆、聖霊と呼ばれていて、
神によって授かった力をそれぞれ持っていた。
そして、あのサウロンも当時はまだ美しい聖霊の一員に過ぎなかった。
時はまだ人間もエルフも存在しておらず、
アルダ(地球)という世界さえも創造されていなかった。
そんな時代に、
私たちはエルの手によって、創造された。
ーーーそれが全ての始まりだった。
『すぐに此処にも慣れるわ。
少しずつ、覚えていきましょう?』
主である彼女はそう言って微笑む。
「はい、―――-様。」
そして彼はおずおずと、差し出された主の手を取ったのだった。
22 metempsychosis-輪廻-
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それからどれぐらい経っただろう。
耳を澄ますと、美しい音色が聞こえてくる。
心が洗われるようなメロディと繊細で調和した歌声。
それを歌っているのは…私だ。
『…――――様。ご機嫌はいかがでしょうか?』
『悪くはないわ。』
『先ほどは何を歌われていたのでしょう?』
彼女は弾いていたハープから手を止めて、
イシルに視線を移すと、にこりと微笑んだ。
『エルは詩がお好きなの。
出された主題について自由に歌うのよ。』
『それで練習を?』
『ええ。イシルは歌える?』
『いえ、私は音楽をあまり嗜みませんので。
お力にはなれそうにありません…。』
イシルは顔をしかめた。
それを気にするそぶりも見せず、彼女は傍らの椅子を指差した。
『いいのよ、さあそこに座って。』
『…――ー様?』
『私は観客がいた方が捗るの。
これも、立派な従者の仕事のうちよ。』
『はい…仰せのままに―――』