命のナマエ

□(16)
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その夜、疲れているはずなのにパッと目が覚めた。


(何だろう…胸がざわざわする。)


寝ずの見張り番は、サムとアラゴルン。

皆で休憩している最中も、
一人だけ落ち着かない様子だったアラゴルン。まるで、何かを警戒していたようだった。


何を?



遠巻きにサムがアゴラゴルンに何かを話しているのが見えたが、内容は聞こえない。


「…身体を伏せて、動くな!」


その瞬間、ぞわっと身体がこわばり悪寒が襲う。


私は身体を起こすことなく、声を潜めた。

バサバサと頭上を何かが去っていく音に、クリバインだったのかと気づく。


サルマンの手下…大ガラス。
彼らが探しているのは、フロドが持っているもの。



――“ひとつの指輪”




(と、もうひとつ。)





あたしの心に冷たい風が吹き抜ける。




(…願わくば、そんな事がないように祈るけど。)




サルマンに捕まったあの日の出来事を思い出し、全身がこわばる。


がたがたと震えはしない。
心に封じ込めて、思い出さないように鍵をかけたから。


一瞬、感じた強張りを無視するかのように、身体を一気に起こす。

ふと視線をあげると、
ガンダルフがすでに起きていて、今後の旅路について二人と話あっている所だった。


遠巻きに見つめながら、
話が終了したことを確認して、あたしはそちらに近づいていく。



「…ハレン、起きていたんじゃな。」


気づいたガンダルフが話しかけてきた。


「うん、さっき敵が頭上を去っていったみたいね。」


“ちょうど目が覚めた時だったからびっくりしたよ”と話を続けていると、
後ろにいたアラゴルンやサムとも視線が絡み合った。


「…ガンダルフ、少し話いいかな。」


あたしは苦笑しながら、彼に語りかける。

ガンダルフは黙って頷いて、みんなから離れた位置へと移動してくれた。



静かな沈黙。

あたしはただ彼の後ろについていく。


皆からは聞こえない場所までやってくると、おもむろにガンダルフは振り返った。



「サルマンはお前さんを探しておるようじゃ。」



聞きたかった質問はいうまでもなく、彼の口から告げられた。



(・・・やっぱり、そうだったんだ。)



暗い気持ちを押し隠して、あたしは平静を装う。


「うん。一瞬、サルマンの気配を感じたから。」



「敵はフロドの持つ指輪だけを狙っているのではない。
お前さんもまた、狙われておる。」



畳み掛けるように、ガンダルフは厳しい視線を当てる。



「うん。分かっていたけど、手ごわいんだね…。」



ガンダルフに助け出され、逃げ出せたオルサンクの塔。

しかし、それまでは何度、一人で逃亡をはかろうとしたことか。

数え切れないくらい逃げ出してはその度に捕らえられるの繰り返し。
サルマンはその間に、あたしに宿っていた力を、無理やり引き出しねじまげたのだ。


得たものは、大いなる癒しの力…ではなく、
全てを破壊するための憎悪と悲しみ。


気づけば、暗闇の中で閉じ込められていたはずのもう一人の存在があたしの中にいたのだ。


光があれば“影”が生まれる。
その影は今も、あたしを蝕んでいる。



服の下に隠されている指輪は、鈍く光っていた。



(やっぱり、呼んでいるのね・・・)



身体がわずかに、引き寄せられるような錯覚に眩暈をおこしそうだ。

それは、今まで気づかなかったことだった。



(…サウロンが、あたしを呼んでいる。)



ハレンは視線をわずかに落とし、きゅっと唇を噛んだ。
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